[特集]日本酒を求めて。

日本酒に新しい波が起こっている。
 若き蔵主たちが旧弊を打破して生み出す新しい味は、多くの若者たちに受け入れられ、
  さらに日本酒と料理のマリアージュを楽しむ外国人にも喜ばれている。
   今回は、長き日本文化に育まれ、今、新たな飛翔を見せ始めた日本酒を取り上げる。

上質な日本酒だけが造り手の思いを伝えてくれる スペシャルインタビュー・『日本酒ニューウェーブの旗手』新政酒造代表 佐藤祐輔氏

 ニューウェーブと称される日本酒ブームをけん引するのが、新政酒造の若き蔵主・佐藤祐輔さん。「きょうかい6号酵母」を生み出したことで有名な酒蔵の8代目だ。酒造りの準備に忙しい佐藤さんに、本来の日本酒との出会い、日本酒の今と未来について話を伺った。

「アート」としての日本酒造りに目覚める

 東大卒の元ジャーナリスト。蔵元・佐藤祐輔さんの出現は、酒造りの世界に新しい世代の波が到来したことを、強く印象づけるものだった。

 新政酒造の創業は1852年。佐藤さんが8代目を継ぐ決意をしたのは、今からちょうど10年前、32歳の時のこと。もともと「日本酒は苦手で、家業を継ごうとはまったく考えていなかった」と語る佐藤さんだが、いざ蔵に戻ってみれば、斬新かつ魅力的な商品を次々にリリースし、新政を瞬く間に人気銘柄へと押し上げた。

 一時はジャーナリズムの世界に生きた佐藤さんはなぜ、翻意して酒造りに身を投じることとなったのか。

 「うちは自宅と蔵が離れた場所にありましたから、小さい頃から酒造りに触れていたかというと、決してそうではないんです。そのためか、家業を継ぐことに関しては、昔からあまりリアリティーを感じていませんでした」

 その言葉の通り、佐藤さんは高校卒業後に秋田から上京。一度は明治大学商学部に進学するも、経済学が肌に合わなかったことから、1年で自主退学を決め、浪人期間を経て東京大学文学部へと進むことになる。

 なお、当時は苦手意識の強い日本酒を敬遠し、安い焼酎をあおることが多かったという。卒業後は編集プロダクション勤務を経て、フリーライターとして独立。雑誌に寄稿する傍ら、漫画原案やシナリオ執筆を手がけるなど、ジャーナリストとしての活動を強めていったところ、将来を左右する体験が唐突に訪れた。

 「仲間との飲み会で、勧められるままに飲んだ『磯自慢』(磯自慢酒造・静岡県)に衝撃を受けたんです。美味(うま)いだけでなく、ハンドクラフトならではの造り手の思いが表れている ようで、日本酒の概念が一夜にしてがらりと変わりました。大手のビールや甲類焼酎などでは、こうした造り手の存在を感じたことはありません。あくまで個人的な感覚ですが、上質な日本酒だけが造り手の思いを伝えてくれる、そう体感しました」

 初めて日本酒を通して垣間見た、造り手の“表現”。もともと作家志望であった佐藤さんが、そこに内在するクリエーティビティーに着目したのは、自然なことだったのかもしれない。

 「さらに『醸し人九平次』(萬乗醸造・愛知県)との出会いが決定的でした。初めて口にした際、まるでアート作品に触れた時のような驚きを感じたんです。こういう酒の造り方もあるのかと、感動を覚えましたね」

 やがて日本酒を真剣に学ぼうと、東京・滝野川の醸造試験所(現在、広島の酒類総合研究所に統合)に通い始めた佐藤さん。当初はジャーナリズムの題材としての興味に過ぎなかったが、講義の中で普通に新政の実績や曽祖父の名が登場することに驚き、あらためて家業の価値を知る。伝統ある新政の蔵を途絶えさせてはいけない。その思いが、8代目として蔵に戻る決意を後押ししたのだった。

Aramasa History

 新政酒造は1852年、初代 佐藤卯兵衛により創業。後に5代目卯兵衛となる佐藤卯三郎は大阪での大学時代、ニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝氏が同窓生で、その優秀さから「西の竹鶴、東の卯兵衛」などと言われた。卯三郎は帰郷後家事に専念し、醪(もろみ)から優良酵母を発見。1935年「きょうかい6号酵母」として頒布された。40年から2年続けて全国新酒鑑評会で主席を獲得するなど新政の名を広く知らしめた。

 戦後火災などによる苦境も経験したが、2008年、佐藤祐輔氏が第8代蔵主を引き継いでからは躍進が始まった。就任翌年、使用酵母を「6号酵母」系のみに限定。13年には「山廃主体の生酛(きもと)系酒母」に酒母製法を限定し、「速醸酒母」を撤廃。15年には「生酛純米蔵」となるなど、次々に改革を行い、現在の新たな日本酒ブームを先導している。

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大学時代の5代目佐藤卯兵衛

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創業の地に建つ現在の新政酒造

酒造りという伝統文化を守るために

新しい酵母でなくても求める味が造り出せるはずという直感

 当時、日本酒マーケットはジリ貧の状況にあった。若者の日本酒離れが進み、老舗の酒蔵が次々に倒れるなど、今日の活況が嘘のように低迷していたのだ。高名な老舗蔵である新政も例外ではなく、深刻な赤字経営にさいなまれていた。

 「でも、これは逆にチャンスだと感じていました。若い人が酒を飲まないということは、僕のように日本酒に対してネガティブな先入観がないということ。だったら、本当に美味しい酒を造って、一から日本酒の魅力を伝えれば、きっとファンになってくれるに違いないと考えていました」

 そのために佐藤さんはまず、体制の一新に取り組んだ。地元向けに従来通りの酒造りを続けていては、遠からず家業は破綻する。経営を立て直し、伝統文化である酒造りを維持するためには、工業製品的な酒造りから脱却しなければいけない。

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木桶の搬入作業。佐藤氏はゆくゆくは全部の桶を自前の木桶にしようと計画している。

 「科学技術を取り入れることは大切ですが、最新の設備を使って、低コストで均質な酒造りを目指すばかりでは、大手のミニチュアのようなメーカーが増えるばかり。それでは中小企業の個性が損なわれ、やがては競争力も失ってしまいます。多様性を維持しながら品質を高めていくには、現場で積み重ねられてきた昔ながらの製法を見直すべきだと考えました」

 例えば、アルコール添加に頼らない純米酒に製品を絞ること。自生する天然の乳酸菌の働きを利用する伝統的な製法、生酛造りにこだわること。培養酵母を使用する際には、もともと昭和初期に新政の蔵で採取された「きょうかい6号酵母」を用いること。

 突き詰めれば、モノづくりにおけるモダンとは何かという点にこそ、佐藤さんの酒造りの根幹がある。「例えば、『醸し人九平次』で使われているのは、20年以上前にできた決して新しい酵母ではありません。つまり、最新のバイオ技術に頼らなくても、造り手のセンスで上質な味は組み立てられるはず。作業効率を考えれば、手間も人手も余計にかかってしまいますが、こうした伝統技術への回帰こそが多様性を生み、日本酒文化のリノベーションにつながるはずです」

 それは佐藤さんにとって、文筆業に負けず劣らず、クリエーティブでやりがいのある取り組みなのだという。

鑑評会で評価される酒よりも多くの人が心から美味しいと感じてくれる酒造りを

樹齢130年を超える吉野杉で造られた仕込み用の桶。木桶はメンテナンスなどに時間も労力もかかる。

日本酒造りに欠かせない酵母の働き

 酵母は、日本酒造りには欠かせない発酵菌の一種。酒造りではまず蒸米に麹(こうじ)を混ぜることで米のデンプン質を糖に変える。酵母はその糖をアルコールにする働きを持っている。その際に使われる清酒酵母は、日本酒独特の吟醸香と言われフルーティな香りを生む働きもあわせ持っている。

 酵母には元々酒蔵に棲みついている「家つき酵母」があり、それで酒造りが行われていた。現在は、酒蔵から選抜したり、研究者が育成した優良酵母が使われている。

 現在広く使われているのが日本醸造協会が頒布する「きょうかい酵母」。新政酒造で採取された現役最古の市販清酒酵母「きょうかい6号」は、「新政酵母」とも言い、芳香穏やかにして清冽。高いアルコール発酵能力を誇る酵母で、90年近くも安定して優秀な性質を維持している稀有(けう)な酵母と評される。

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【左】6号酵母の原株
【右】日本醸造協会から販売される「きょうかい6号」酵母

山林管理から見通す酒造りの未来図

米も木も造る酒造りが地域再生へつながる

鵜養地区に広がる新政の田んぼ。無農薬栽培で米が造られる。

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鵜養地域を流れる大又川、伏伸の滝。
この川の水で稲を育てている

 新政ではもともと、原材料を秋田県産米に限っていたが、今年度からはついに、自社での米栽培をスタートさせている。県内の鵜養(うやしない)地区に約2町歩(約2万平米)の田んぼを整え、米の無農薬栽培に取り組んでいるのだ。

 鵜養は上流域に人的活動がないため、自然のままの良質な水源が確保でき、酒造りにおいて理想的な環境。ゆくゆくはここでさらに自社田を拡大し、天然酵母だけで酒造りを行う新たな拠点の建築も視野に入れている。

 また、5年前からは、仕込タンクに昔ながらの木桶を取り入れ始めた。これも伝統製法への回帰の1つだ。「木桶を使って理想的な仕込みができれば、香り高く深い旨味を備えた酒が生まれます。業界内では、木の香りがつくことを良しとしない風潮もありますが、鑑評会で評価される酒よりも、多くの人が心から美味しいと感じてくれる酒造りを優先したい。そのための木桶造りなんです」

 蔵には現在、計12本の醸造用木桶が導入されている。いつかはすべてのタンクを木桶に置き換えたいと、佐藤さんは展望を口にするが、問題もある。現在使用しているサイズの木桶を製造するメーカーが、日本にはもう1社しか存在しないのだ。

 「現在、木桶を仕入れているメーカーさんも、2020年までの製造中止を宣言しています。その後はもう、この木桶を納めてくれる会社はありません。そこで新政では、自社田の拡張と並行して、林業にも着手し始めているんです。2020年までに木桶製造のノウハウを身につけ、やがては秋田県産の杉材で木桶を造り、それで酒を仕込む計画を具体的に進めています」

 新政が着手する自伐型(採算性と環境保全を高い次元で両立する持続的森林経営)の林業は、単に木桶の材料調達だけでなく、周辺の景観保護にもつながる。そうして山林の手入れを行うことが豊かな水源の維持に通じ、それが酒造りに生かされる。つまり、日本の伝統技術を守りながら、自然環境との理想的な共存が果たされることになる。

 「田んぼのほかに酒蔵や木桶工房が鵜養に完成すれば、昔ながらの山間農村の復活にもつながるでしょう。科学技術は安定的に均質な酒を造るためには有利なものですが、多様性を維持するためには、こうしたやり方も必要なはず。その結果として、他のどこにもまねできない価値が生まれるのではないでしょうか」

 酒造りへの取り組みが地域の再生につながる着想は、どこまでも壮大で土着的。これこそが佐藤さんが到達した表現(アート)であり、酒造りという伝統文化がこれからの日本で担うべき役割の1つなのかもしれない。

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左:麹室で行われる製麹(せいきく)の作業/中央:泡立つ酒母の表面
右:醪をかき混ぜる「櫂(かい)入れ」作業中の醸造長・古関弘さん。

●新政酒造の日本酒造り

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「陽乃鳥」を熟成させるオーク樽。通常の陽乃鳥を入れて1カ月半ほど寝かせ、オークの香りをほのかにまとった「陽乃鳥オーク」として出荷する。

 日本酒の原料に用いられる米は、酒造好適米という酒造りに適した品種。自社田での米栽培に取り組む新政では、6月に植えた苗をおおよそ10〜11月に収穫している。

 米は洗った後に精米し、水分を含ませて蒸す。この蒸米に種麹をふりかけて麹を作る行程を「製麹(せいきく)」と呼ぶ。この蒸米に水や米麹、酵母、そして乳酸菌を加える。新政は生酛造りなので自然発生する天然の乳酸菌を使用。こうしてつくられるのが、酒の元となる酒母。そして酒母に麹や蒸米、水を加えてつくられるのが醪で、この醪を搾ったものが新政の酒となる。

 新政では10月ぐらいから徐々に酒造りを開始し、それぞれ決められた貯蔵期間を経て、瓶詰めし出荷される。なお新政では米の収穫年、製造年度(瓶詰め時期)、出荷時期などは、製品ラベルに表示している。

●日本酒用語解説

純米酒(じゅんまいしゅ)
米、麹、水だけを原料として造ったお酒。醸造用アルコールを添加したお酒は「本醸造酒」という。
酒造好適米(しゅぞうこうてきまい)
日本酒造りに適した酒造専用米の総称。有名品種には「山田錦」「美山錦」「五百万石」「雄町」などがある。
酒母(しゅぼ)
蒸米と麹と水に酵母菌を入れて造られる酒母(酛:もと、ともいう)は、酵母を大量に培養したもの。日本酒造りではこの酒母が大量に必要になるので、文字通り「酒の母」。
生酛(きもと)
伝統的な酒母造りの方法。酒蔵に自生する乳酸菌を酒母に取り込み、その乳酸で雑菌を退治しながら酵母を増やす方法。酵母が酸に強い性質を生かした製法。
醪(もろみ)
できた酒母に米麴、蒸米、水を加えて仕込んだもの。十分に発酵した段階で醪を搾って新酒を取り出す。

佐藤祐輔(さとうゆうすけ)

 1974年12月19日秋田県生まれ。秋田高等学校から明治大学商学部に入るが、経済学に頓挫し、入学翌年退学。東京大学文学部に入学。大学卒業後、編集プロダクション、WEB新聞社などを経て、フリーのライター/編集者に。30歳で日本酒に目覚め、東京の醸造試験所で学んだ後、広島の酒類総合研究所の研究生となる。2007年新政酒造に入社し、現在に至る。

新政酒造ラインアップ

 新政酒造の製品ラインの柱は、最もスタンダードなライン「Colors」、6号酵母の魅力がダイレクトに伝わる定番の生酒「No.6」。革新的で大胆な手法を用いて醸される「Private Lab」の3つのラインの合計10銘柄。

 【写真左から】「生成 2016 -Ecru-」は、秋田生まれの酒米「酒こまち」を用いたColorsのボトムライン。「R-type」は、生酒らしい旨みを楽しめるNo.6のエントリーモデル。Private Labの「亜麻猫(あまねこ)第8世代」は、通常の清酒用麹に加えて、強い酸味を持つ焼酎用麹(白麹)を用いて醸されている。

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