写真
写真集『DENALI』より。北米最高峰デナリ頂上(1998年)

未知との出会いをテーマに旅を続ける

スペシャルインタビュー

写真家
石川直樹さん

 高校2年生のときにインド・ネパールへ一人旅、22歳で北極から南極まで人力で踏破、23歳で七大陸最高峰登頂に成功……、今日まで世界各地を旅しながら写真を撮り続けてきた石川直樹さん。人類学、民俗学の視点を取り入れながら、あらゆる場所に存在する“未知”を見つめてきた石川さんに、写真についての思いをお聞きした。

中学2年の旅の続きを今もしている

 極地を訪ねて野生動物の生態を撮影した星野道夫(※1)や、インドを放浪した藤原新也(※2)がそうであるように、写真家が同時に冒険家・旅人でもあるのは珍しいことではない。それは19世紀前半に写真技術が発明されて間もなく、ヨーロッパの野心的な写真家たちが世界各地へと出向き、彼らが持ち帰った見知らぬ土地の風景を大衆が熱狂をもって迎えた時から、“未知”を記録し、まだある“空白の世界”を伝えることが、写真の社会的機能の一角を占めるようになったからだ。

 現在39歳の石川直樹さんは、そんな系譜を継承する一人といえるだろう。中学2年生の冬休み、カメラを携えて東京から高知への一人旅に出て以来、インド、ネパール、アラスカなどを次々と巡り、2000年には9カ月をかけて北極から南極へと人力で踏破。01年には七大陸最高峰登頂の最年少記録(当時)を塗り替えた。それ以降も、文化人類学・民俗学的なアプローチを用いながら世界中を歩き続け、その軌跡を写真に収めてきた彼を「冒険写真家」と呼ぶ人もいる。しかし本人は、自身についてこんなふうに回答する。

 「プロの写真家という意識も、冒険家という意識も、じつはほとんどありません。学生時代に高知を旅した時の連続性の中で、今も旅をして、写真を撮り続けている。関心のある場所に行って、自分の身体が反応したものを、ただひたすら撮影し続けてきただけなんです」

 彼の受け答えは、私たちが思い描く冒険家のイメージとはかけ離れている。自身の希少な体験を情熱的に語ろうとはせず、ある意味とても客観的で冷静に見える。

 「移動手段や情報技術が発達して、現在の地球上には物理的な空白がなくなっている。そんな文化環境の中で、“未知”といかに出会うかが、自分にとってのテーマといえるかもしれません。食料も何も持たずに身体一つで山に入っていく『サバイバル登山』を実践している服部文祥(※3)さんは知り合いですが、そうやって視点を変えて別のレイヤーに滑り込むことで、近所の裏山であっても未知の風景が立ち上がってくる。極地にも身近な場所にも未知な物はあって、僕はその全てを等価に感じて、カメラを向けてきたのだと思っています」

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写真集『K2』より。パキスタン・スカルドゥ(2015年)

見て感じた“光の地図”を伝えたい

写真家としての自分の役割とは

 石川さんの思考は、2月まで開催されていた水戸の美術館での回顧展の副題「この星の光の地図を写す」(※4)に強く反映されている。

 「ここで言っているのは、一般的な世界地図ではなく、人それぞれの個人的な地図のこと。例えば迷子になってたばこ屋のおばちゃんに道を尋ねると、手描きで道を教えてくれたりしますよね。それは縮尺も道の数・長さも正確ではないでしょうけれど、主観的なリアリティーに裏打ちされている。僕の場合は光がないと映らない写真でそれを描きたいんです。それが“光の地図”です。最大公約数が理解できるように物事を要約するのではなく、自分が見て感じたものをきちんと提示する。それが写真家としての自分の役割だと思っています」

 だから彼の写真は、愚直なまでに「ありのまま」の世界を映す。もし撮影後に修正を加えたり、自分の美意識に従って構図を決め込んでいけば、被写体の情報量やリアリティーは急激に失われていってしまう。それは彼が目指す地図とは、大きくかけ離れたものなのだ。

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写真集『K2』より。パキスタン・アスコーレ村(2015年)

 「写真とは、世界の端的な模写なんです。よく『デジタルカメラは使わないんですか?』と質問されますが、デジタルは際限なく撮り直すことはできても、その分、偶然を呼び寄せる力も消えてしまいます。僕が使っているプラウベルマキナ(※5)というカメラはフィルム1本で最大20枚しか撮ることができないし、レンズも標準レンズしか使いません。標準レンズはズームができないので被写体との距離感をごまかせない。でも、だからこそ世界に対して適正な距離で向き合うことができる。嘘をつかない、まっすぐな写真を撮っていきたいんです」

嘘をつかない、まっすぐな写真を撮っていく

人の心の中にも未知はある

 14年に発表した写真集『国東半島』(※6)など、ランドスケープだけでなく各地に残る祭礼や伝統芸能、それに関わる人々を被写体にしているのも石川さんの作品の特徴だ。日々の生活の中でたまっていく澱(おり)を発散し、町や地域のコミュニティーを維持する役割を持つ祭礼もまた、日常の連続にあるものだと石川さんは考えている。そして同時に、人間の内面にある未知と出会うための場でもあるのだという。

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大分県国東半島の伝統文化を収めた写真集『国東半島』から

 「ちょうど一週間前も石川県の能登の祭りを取材してきました。普段は引っ込み思案でシャイな中高生たちが、祭礼のための派手な着物をまとって、キリコを引っ張っているあいだにどんどん弾けていって、一種のトランス状態に入っていく。そして、それを見る僕自身も不思議な陶酔に引き込まれていく。『未知』とは、場所だけでなく人の内側にもあるんじゃないか、と」

 石川さんの冒険家らしからぬスタンスを「客観的で冷静」と先述したが、しかし、おそらくそれは写真と向き合うために、そして写真を通して世界と向き合うために、石川さんにとって必要なスタンスなのだろう。とはいえ、石川さんの中には、“未知への好奇心”と、“見ることへの欲望”が深くたたえられているのは間違いない。きっと、それが彼の原動力だ。

  • ※1 星野道夫:写真家、文筆家。アラスカの野生動物や自然、人々を撮影。
  • ※2 藤原新也:写真家、作家。アジア各地を旅して『インド放浪』などを著す。
  • ※3 服部文祥:登山家、著述家。食料を現地調達し、装備を極力廃した「サバイバル登山」を実践。
  • ※4 「この星の光の地図を写す」:石川さんによる初の大規模個展。この夏には新潟市美術館などで巡回予定。
  • ※5 プラウベルマキナ:ブローニーフィルムを使用するレンジファインダーカメラ。石川さんのモデルは、プラウベルマキナ670。
  • ※6 写真集『国東半島』:石川さんが大分県の国東半島に通い、人びとや自然、伝統文化をカメラに収めた写真集。2014年発行。

石川直樹(いしかわなおき)

 1977年東京生まれ。写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。最新刊に写真集『DENALI』(SLANT)、『潟と里山』(青土社)、『SAKHALIN』(アマナ)、著書『ぼくの道具』(平凡社)がある。

『DENALI』

 2016年5月27日~6月12日のデナリ単独行において撮影された写真が収録された最新写真集。

  • ◎出版社:SLANT
  • ◎価格:2,200円(税別)
  • ◎発行年:2016年