プライベートバンカー資格
公益社団法人 日本証券アナリスト協会
プライベートバンカー資格

2018年6月7日、東京都内で事業承継シンポジウムが開催された。事業承継税制の抜本改正に携わった中小企業庁の菊川人吾氏による基調講演と、事業承継支援を手がける実務家によるパネルディスカッションの模様を紹介する。

  • 菊川 人吾氏
    調講演
    事業承継税制の抜本改正と総合支援パッケージで目指す円滑な承継の推進
    中小企業庁
    事業環境部
    財務課長
    菊川 人吾

休業・廃業する中小企業のおよそ5割が黒字

 実は私も、地方の小さな家具屋の跡取り息子になるはずでした。結果的に先代が家業を継がず廃業しましたが、事業承継の現場に生きた実感があります。身近な親族が会社経営しているのを見ていても、なかなか一筋縄ではいかないテーマであると感じています。

 2017年10月、日本経済新聞の1面トップに「大廃業時代の足音」と題した記事が掲載されました。「2025年に中小企業経営者の6割以上が70歳を超えるが、その約半数にあたる127万社が後継者未定」という内容です。この記事をきっかけに、中小企業の事業承継問題が強く意識されることとなりました。

 1995年時点で、中小企業経営者で最も多い年齢層は47歳でした。それが20年後、2015年には66歳となっています。20年間で年齢が約20歳上がったということは、同じ経営者が交代せず、ずっと頑張ってきたということでしょう。景気回復などを背景に企業倒産は年々減少していますが、休業・廃業の件数は年間約3万件の水準で高止まりが続いています。推計では、このうちおよそ5割は黒字の会社です。

 経営状態が良いにも関わらず、後継者不在のために休業・廃業せざるを得ない。この状況を変えるための政策の1つが、このたびの事業承継税制の抜本改正です。

事業承継税制の拡充により、承継時の税負担がゼロに

 事業承継の際に納税猶予の対象となる株式数の上限を撤廃し、納税猶予割合も100%に拡大することで、承継時の税負担をゼロにしました。加えて、これまでは税制適用後の5年間で平均8割以上の雇用を維持できなければ猶予を打ち切る「雇用要件」がありましたが、抜本的に見直しています。雇用要件は人手不足が課題の中小企業にとってハードルが高く、税理士の先生方もなかなか勧めにくかったようです。今後はぜひ活用していただきたいと思っています。

 一方で、後継者がいなければそもそも税金の問題は起こりません。バトンタッチする事業があり、継いでくれる人がいるからこそ、浮上する課題です。したがって、取り組まなければならないのは税制だけではありません。例えば承継の際、株式を引き受けるための資金が要ります。その資金に対する低利融資など、金融支援が期待されます。

 もう1つ重要なのが、個人保証です。事業を承継するとき、先代と後継者の双方に個人保証をつけるケースが4割くらいあるそうです。家族をどう説得するかなど、大きな障害になっていることが想像されます。平成30年度税制改正大綱の中でも、中小企業の事業承継の問題に対応するには、税制措置だけでなく経営者の個人保証の適正化に向けた検討を行わなければならないと書かれています。これは金融機関のみならず、事業者側の課題でもあります。経営の透明性を高めるなどして、解決の道を互いに探っていくことが必要でしょう。

中小企業の事業承継を支援するネットワークづくり

 これまでは親族または社内のナンバー2といったいわゆる番頭さんに承継するパターンが大半でした。しかし、最近はM&Aや事業譲渡など、第三者が引き継ぐケースが増えてきています。大企業や中堅企業を対象にそうした仲介を手がける会社は数多くありますが、中小企業・小規模事業者のM&Aは採算を取るのが難しく、ビジネスになりにくい側面があります。

 その空白地帯を埋めるための公的機関が、「事業引継ぎ支援センター」です。後継者がいないから事業を売りたいという相談がこれまで約2万5千件ありました。しかし、政府だけで対応するには限界があり、2017年度に売買が成立したのはたったの700件程度です。現在検討しているのは、ここに寄せられた相談をデータベース化し、オープンなマーケットに広げていくことです。民間の仲介業者がデータベースを活用し、ノウハウを蓄積することでビジネスとして発展させてほしいと考えています。

 そうした動きと関連する取り組みとして、中小企業庁では2017年度から「事業承継ネットワーク」を全国展開しています。都道府県を中心に、地域金融機関、商工団体、中央会、士業の先生方などが連携して事業承継診断を行い、事業者をフォローしていきます。また、事業引継ぎ支援センターもこのネットワークにリンクし、地域における事業承継を一体となってサポートしていく考えです。

菊川 人吾氏
菊川 人吾氏

税制だけでなく、あらゆる政策を総動員していく

 事業をバトンタッチするには最低でも5年、場合によっては10年くらいかかると考えられます。そのため、今回の事業承継税制でも10年間の特例措置としました。財務省とも深い議論を重ね、与党税制調査会の力強い政治判断もあって相当思い切った制度をつくることができたと考えています。しかし税制だけではなく、これだけ時間がかかる問題である以上、しっかり腰を据えて、あらゆる政策を総動員して取り組んでいかなければなりません。

 部品を供給している企業が廃業すれば、サプライチェーンが切れることになります。そういった意味で中小企業の事業承継問題は、大企業や中堅企業にとっても対岸の火事ではありません。したがってこれは日本経済全体の問題であり、中小企業の支援に携わる皆様が一緒になって解決していく問題です。皆様とともに頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

経営者の意識変革が事業承継の推進力に

家森

 今後5年程度を事業承継支援の集中実施期間とする「事業承継5カ年計画」について、どのようにとらえていますか。

北山

 事業承継5カ年計画には5つの施策が掲げられています。事業承継プレ支援のプラットフォームで25万~30万社の事業承継診断が実施されることになり、政府や中小企業庁の意気込みを感じています。また不足している経営スキルの高い人材は、金融機関の退職者がCFOとして活躍することで補えるでしょう。

三宅

 地方創生を実現するには企業が存続し、雇用が守られることが第一条件です。しかし、中小企業経営者は会社を売ることに後ろめたい気持ちを持っています。政府に「地方創生には会社を存続させることが大事だ。事業承継税制の要件も緩和するし、後継者マッチング支援の強化なども図っていく」と音頭をとっていただき、中小企業経営者の意識を変えていくことが、事業承継を促す推進力となるでしょう。

大山

 中小企業や小規模事業者では、財務諸表には表われない知的資産といった魅力・強みを自覚していないケースも多いです。税務や法務の知識を備えた事業承継の専門家だけでなく、地域の中小企業や小規模事業者に関心を持つ金融機関や商工団体の方など、最前線の担当者の一人ひとりが、こうした経営者と日々対話して魅力・強みを発見していき、事業承継5カ年計画は会社や地域の未来につながるプロジェクトだと認識して取り組むことが、事業承継問題を解決に導く原動力になるでしょう。

第II、第III象限に対する危機意識を認識

家森

 大山さんは、「事業承継に関する事業者の認識」と「企業の資産・経営状況」から成る4象限分類により、中小企業経営者の状況とニーズを把握する考えを提言しています。(図表1)

(図表1)資産・経営状況と事業者の認識による4象限分類
大山

 第Iと第II象限は、経営者自らが事業承継に課題があると認識していますが、第IIIと第IV象限は課題があると認識ができていません。第Iと第IV象限、とくに第I象限は税務や法務面の問題点が多いことから、税理士や民間コンサルタントなどのアプローチが期待できます。

 問題は第IIと第III象限に当たる中小企業です。事業改善などに取り組まなければ事業を維持できない企業の多くは、ここに位置します。この層が事業承継5カ年計画の対象になるボリュームゾーンになります。この層に対してどう取り組んでいくかという危機意識を、それぞれの支援機関や担当者が強く持つことが欠かせません。

北山

 第II、第III象限の企業で問題なのは、自社の強みとなるコアコンピタンス(得意分野・技術)を理解していないケースが多いことです。事業承継や財産承継コンサルティングの前に自社の強みを把握するべきで、例えば金属加工メーカーを担当するのであれば、金属に関する深い知識も求められるなど、相談される側の能力も要求されます。プライベートバンカーなら事業の成長戦略を提供しながら承継もサポートする必要があります。税金を減らすために利益を減らすようなことをしていたら、グローバルな競争に負けてしまいます。事業成長戦略を実現しながら次の世代につないでいくことが肝要です。

大山 雅己氏
大山 雅己氏
三宅

 我々の事業では第Iと第IV象限が中心です。跡取りがいればそのまま継がせ、さらに戦略的なM&Aで収益拡大も狙えます。後継者未定でもファンドに売却しIPO(新規上場)を目指す方法や相乗効果の高い大手企業の傘下に入ってさらなる成長を図るパートナー戦略という方法など、豊富な選択肢があります。

 対する第II、第III象限は非常に難しい。清算もできないし、自宅を売却しても借金が残ってしまう可能性があるため、やむを得ず経営している企業も多い。このまま後継者にバトンタッチしても苦労するのは目に見えています。何十年も前のビジネスモデルからの業態転換や新分野に進出するなど、思い切って第二創業することが次世代のためになります。

 後継者不在の場合は、1分1秒でも早く相談してほしいところですが、例えばプライベートバンカーなら、一人息子が大企業で出世していることを経営者が自慢するなら、後継者がいないことを推測するなど、何気ない会話からアンテナを高くしておくことも大事です。

大山

 三宅さんのご指摘の通り、第II、第III象限は事業環境が大きく変わったのにも関わらず手を打っていないため、経営に苦しんでいるケースのほか、自社の魅力を認識していないがゆえに、事業を継続できる可能性があるのに廃業を選ぶケースが目につきます。このような企業の場合、地域金融機関や商工団体などの最前線の担当者による声かけが重要になります。事業承継の実務家だけでは数に限りがありますので、最前線の担当者の力とあわせて頑張らなければ、事業承継5カ年計画の成就は見込めないでしょう。また、これまでの事業デューデリジェンスはM&A向けのものでしたが、これからは親族内承継や従業員承継の際にも、新たな戦略を立てて飛躍していくために必要となるでしょう。

大幅に緩和された特例要件

家森

 事業承継の円滑化を図るための税制改正のポイントは何でしょうか。

北山

 事業承継税制の特例は10年間の時限措置です。特例を受けるには、平成30年4月1日から35年3月31日までに特例承継計画を都道府県に提出し、認定を受ける必要があります。

 改正ポイントの1つは、代表者以外の複数人から後継者への贈与・相続が可能なこと。例えば先代の妻や弟などからの株式の贈与が一番多く使われると見ています。

 2つ目は対象株式数上限等の撤廃です。これまでは先代経営者からの贈与や相続によって取得した非上場株式等のうち、議決権株式総数の3分の2までが対象でした(図表2)。相続税の猶予割合は80%であるため、猶予されるのは約53%まででしたが、改正によって対象株式数の上限が撤廃され、猶予割合は100%に拡大しました。

家森 信善氏
家森 信善氏
(図表2)事業承継税制:対象株式数上限等の撤廃
北山

 3つ目は対象者の拡充です。現行制度では、代表権を持つ先代から一人の後継者への贈与・相続される場合のみが対象でしたが、例えば代表権を持つ父親から長男、次男、三男への承継も対象になります。(図表3)

 
(図表3)事業承継税制:対象者の拡充
北山

 雇用要件の緩和もポイントに挙げられます。これまでは5年間の平均で雇用の8割以上を維持しなければ納税猶予が打ち切られていましたが、雇用を確保できなかった理由を記した書類を都道府県に提出することで継続されるようになりました。

 最後が経営環境変化に応じた減免です。納税猶予の特例を受けた後に廃業や事業売却した場合は、廃業時の評価額や売却額をもとに納税額を再計算し、事業承継時の株価をもとに計算された納税額との差額を減免します。

 特例を受けるためには条件があります。その1つが先代経営者であることです。先代経営者の要件としては、「会社の代表権を有していたこと」「贈与時点において、会社の代表権を有していないこと」などがあります。また、事業承継税制の特例を受けるには、特例承認計画という書類を提出しなければなりませんが、この書類作成が容易になりました。

 もう1つは中小企業者に該当することです。製造業や卸売業、小売業、サービス業によって資本金と従業員数の基準があり、いずれかを満たさなければ特例を受けることはできません(図表4)。会計士、税理士もこれからは事業戦略を語れるスキルが必要となります。あるいはこれら成長戦略に関しては、画一的な融資支援システムのせいで事業をみる眼が弱くなっていると言われますが、地域金融機関のプライベートバンカーがコンサルティングすべき領域となるでしょう。

北山 雅一氏
北山 雅一氏
(図表4)中小企業者の要件
三宅

 事業承継税制の特例のインパクトは、2つの面で大きいでしょう。1つは相続税です。例えば相続税評価額が5億円の企業の経営者が亡くなり、長男が事業を引き継いだとしましょう。相続税が2億円だとすると、金利を別にして毎年2,000万円ずつ10年間のローンで払わないとなりません。この金額を払うとなると役員報酬は6,000万円もらわないと返済不能に陥ります。手取り年収3,000万円弱の中から2,000万円を返済すると、実際の収入は800万円ほどで、それほど高給とも言えません。しかしこういった実情を知らない従業員にとっては、社長が役員報酬として6,000万円ももらっている、と見えます。収入の格差に仕事のモチベーションを失う従業員もいるかもしれません。さらに本来は設備投資などにあてる資金のはずが6,000万円の役員報酬に当てられ、事業資金がなくなってしまいます。このように従来までは相続税の支払いによって歯車が狂ってしまう企業が多かったので、そういった企業を救うことになります。

 もう1つは経営者の意識です。政府が働き方改革を打ち出しただけで社会全体の意識が変わったように、今回の施策により事業承継に対する経営者の考えも変わっていくでしょう。明確な成長戦略を、プライベートバンカーがサポートしていくことになります。

三宅 卓氏
三宅 卓氏
大山

 私も劇的に変わると期待しています。これまでは親族内承継なら株価を下げて、逆にM&Aなら株価を上げていましたが、これからは企業本来の企業価値の向上に取り組むようになるのではと期待しています。

 営業、製造、物流などのバリューチェーンのプロセスが目詰まりしただけで、製品もサービスも生み出せなくなります。中小企業の6割以上が跡取り不在だったり、事業承継の準備ができていない状況であり、サプライチェーンを構成する企業の過半がいつ分断されるのか分からない状態です。

 企業規模を問わず、ほとんどの企業は単独で存続することはできません。中小企業、小規模事業者の技術力や地域とのつながりによって存続しています。地域金融機関の方や専門家の方には事業承継問題を他人事ではなく自分事にとらえ、社会や経済に対する危機意識やリスク認識を持ち、大きなピラミッドの底を支えているという意識を持ちながら、顧客の事業承継課題に取り組んでほしいと願っています。

家森

 事業承継がわが国の中小企業の直面する大きな経営課題であることは間違いがありません。事業承継5カ年計画の策定や、その一環としての事業承継税制の改善など、政府の取り組みも進んでいます。しかし、実際にそうした施策が機能するには、本日お集まりの、企業に寄り添う専門家の皆様の役割が非常に重要です。事業価値を持った企業がきちんと継続できるような社会を目指して、皆様方のご活躍を期待しています。

セミナーのアーカイブ配信はこちらから