挑戦者の原動力 スカイライン特別企画

難しいからこそチャレンジしたい H.I.S.代表 澤田 秀雄さん

H.I.S.代表の澤田秀雄さんは、1980年代に格安航空券や個人旅行を手がける旅行会社を設立し、LCC(格安航空会社)の先駆けとなったスカイマークエアラインズで航空業界に参入、ハウステンボスの再建で手腕を発揮するなど起業家、再建家として名をはせる。「失敗から多くを学んだ」と語る澤田さんのチャレンジの源流と軌跡、65歳を超え今なお挑戦し続ける理由、今後の夢などを聞いた。

留学時代、すでに商才を発揮 世界を飛び回りたくて旅行業

 高校卒業後、アルバイトで資金をため旧西ドイツに留学しました。当時はアメリカかイギリスに留学する人がほとんどでしたが、僕は人と同じことはあまりしたくなかった。ちょっと変ってるんです。第二次世界大戦後、旧西ドイツは急速な発展を遂げていたし、ヨーロッパのど真ん中に位置しているから、どこに旅行するにも非常に便利。そんな単純な理由でドイツを留学先に選びました。

 留学中は夏休みなどに、ドイツに出張して来た日本人ビジネスマン向けのナイトツアーを企画し月に100万から200万円くらい稼ぎ、そのお金で世界のあちこちを旅行していました。大学を出る際、就職を全く考えなかった訳ではないんですよ。ドイツ企業への就職もほぼ決まっていました。でもやはり、自分で事業をしたかった。ナイトツアーは小さな事業でしたが、オイルショックのときに株に投資し手元には数千万円の資金がありましたしね。サラリーマンになるとまとまったお金をすぐに手に入れることは難しい。まだまだ世界を飛び回りたかったから、貿易か旅行の仕事をしようと決め帰国しました。

 最初に始めたのは毛皮製品の輸入販売です。でもすぐに、日本がワシントン条約を批准する見通しが高まったので、仕方なく旅行業に切り替えました。本当は、趣味の旅行を仕事にしたくはなかったんですよ。

利益を追求するだけではダメ ビジョンを示すことが必要

 エイチ・アイ・エス(H.I.S.)の前身インターナショナルツアーズを起こしたのは1980年です。当時、日本の海外旅行者は年間400万人ほどだったし個人旅行も少なかった。でも僕が留学していたヨーロッパでは人口の10%以上が海外旅行をしていたので、日本でも最低1000万人くらいは海外旅行をするようになる。成長産業だと考えました。

 最初はつらかったですね。大手旅行会社の半額くらいで航空券を販売していましたが、お客さんは数カ月に1人か2人。信用もブランドもないので、話を聞いても「何か裏があるんじゃないか」と二度と来てくれません。本当にやめようかと思いました。でも、僕のように旅好きで好奇心旺盛な人はいるものです。一度利用したお客さんから「本当に半額で海外に行けた!」と口コミでどんどん広がり、1年後くらいから倍々成長していくようになりました。

 ところが、成長が早すぎてスタッフが追い付かなくなってしまった。ただ忙しいだけで夢が持てないのか、皆辞めていったり心がなえたり。これではダメだと方針を転換し、海外でも活躍できるように海外進出しよう、信用力やブランド力を高めるべく上場を目指そうと目標をつくりました。するとその目標に向け、皆がまとまり始めたのです。いくら利益がどんどん増えても数字だけではダメ、夢や目標が必要なのだと学びました。

企業文化を変えるのは大変ですし、時間がかかります

「いろいろな企業を再生してきましたが、黒字にするのはそれほど難しくないんですよ。それに比べ企業文化を変えるのは大変ですし、時間がかかります。ハウステンボスのときは『負け癖の文化』を『勝ち癖の文化』に徐々に変えていきました。組織が大きければ大きいほどゆっくり時間をかけて変えていかないと、ひずみができてしまいます。国も同じですね」(澤田さん)

澤田さんを支えるもの ハウステンボス内のカート

「ハウステンボスの敷地は約152万平方メートル。モナコ公国ほどの面積です。端から端まで徒歩30分くらいのところを、カートだと5分くらいで行けちゃいます。健康のためには歩く方がいいのでしょうが、仕事で動き回るにはカートが非常に便利。電気自動車で運転がすごく簡単なので自分でハンドルを握ります。園内で特にお勧めの場所はパレスと満開の時期のバラ園です」(澤田さん)
写真:ハウステンボス提供

失敗からは多くを得られる 学んだ知識を次に生かす

 これまでの経験で一番大きな挑戦は航空業界への参入です。海外の航空券は安く販売できるようになったので、国内も安くしたいと考え大手航空会社3社に掛け合いましたが難しい。それでは自分で飛行機を飛ばすしかないとスカイマークエアラインズ(現スカイマーク)を設立したのです。

 非常に苦労しました。まず、安全第一ですから規制やルールの壁が大きかった。運航開始してからも、3年くらいは毎月何億もの赤字。初めは価格を半額くらいにすることで稼働率を70~80%くらいに上げたのですが、大手が対抗して同様の価格を打ち出したらお客様が流れ稼働率が40~50%くらいに下がってしまった。そもそも飛行機2機では採算に乗らないビジネスだったんです。挑戦するにはちょっと早かったですね。

 実は失敗は他にもいろいろしています。金融業界に手を出したときもそう。知識も経験もない異業種なのに、若くて未熟だったから「何でもできる」と思ってしまった。そんなに甘くなかったですね。お陰で気づきました。自分でやろうとせず経営のプロを連れてくればいいのだと。この経験を生かし、2003年に買収したモンゴルの国立銀行には世界のトップバンカーをヘッドハンティングし経営を任せました。今では同国最大の商業銀行ハーン銀行として成長しています。最終的には企業は人。だから人を見極める目はとても大事です。いくら結果を出していても人間性が悪くてはダメ。人間性が良く、できれば「運がある人」がいいですね。

夢や目標はきちんと絵を描ければ、成功する確率は高くなる

 ハウステンボスは非常に難しい案件でした。市場は小さいし、首都圏からのアクセスも悪い。それなのに広さはディズニーリゾートの1.6倍。典型的な過剰設備投資です。「なんであんな所につくったんだ」という条件がそろっています。2回断ったのですが、3回頼まれるとイヤと言えない性格で....(笑)。何より、難しいからこそチャレンジしたい気持ちが大きかったですね。5~6カ月かけ財務状況はじめあらゆることを調査した結果、現地に入るときには7割方「勝てる」と思っていました。

 これまでいろいろな事業に挑戦してきましたが、一貫して言えるのは、お客様に喜んでいただき、楽しんでいただき、感動していただきたいという思いです。いま新たに始めているエネルギー分野、植物工場、ロボットなども同じ思いで挑戦しています。その実用実験を行っているのがハウステンボスです。ハウステンボスは一つの都市ほどの広さですし、私有地なので規制もない。そこで新しい事業の実用実験ができるのは大きな強みです。ハウステンボス再建を引き受けて本当に良かったと思っています。

 若い人にはどんどんチャレンジしてほしいですね。そうしないと日本全体が落ち込んでしまいます。夢や目標は頭の中できちんと絵を描ければ、成功する確率はかなり高くなりますよ。ぜひ、世界を見据えてチャレンジしてください。失敗しても命までは取られませんからね。

プロフィル
H.I.S.代表

さわだ・ひでお/1951年大阪府生まれ。高校卒業後アルバイトでお金をため旧西ドイツのマインツ大学に留学する。帰国後の80年にインターナショナルツアーズ(現H.I.S.)を設立、95年には店頭公開。翌96年スカイマークエアラインズ(現スカイマーク)を設立し航空業界に参入する。2010年には、開業以来18年間赤字だったハウステンボスを買収し半年で黒字化。同園を実用実験の場としながらさまざまな新規事業に挑戦中。15年に創設した「澤田経営道場」では次世代経営層の育成にも力を注ぐ。16年H.I.S.の社長に復帰し再編を図る。

プロフィル H.I.S.代表

column

これまでもこれからも挑戦する人とともに

常に挑戦する魂を失うことなく、時代の最先端を走り続ける日産自動車のプレミアムセダン。クルマ本来の最高のパフォーマンス、最高の走行性能にこだわり続けてきたからこそ、あえてラグジュアリーではなくプレミアムと呼ぶにふさわしいクルマたち。輝かしい歴史とDNAを受け継ぎ、新たな未来を拓(ひら)くその魅力に迫る。

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進化の結晶が、いまここに。

「ドイツにいた頃は、アウトバーンでよく走ったものです。最近は自分でハンドルを握ることは少なくなりましたが、クルマに求めるものはデザインがいいこと。スピード感というか、さっそうと走り出すとカッコいいですよね。スカイラインはセダンなのに、イメージはスポーティーな雰囲気。13回もモデルチェンジしているんですね。電気自動車のスカイラインも見てみたいな」(澤田さん)
いつの時代も最先端テクノロジーで走りを磨き、スカイラインは多くのドライバーを魅了し続けてきた。世界で誰も成し遂げることのできなかったハンドリング技術の究極形「ダイレクトアダプティブステアリング」は、航空機の機体制御の仕組みを自動車に初導入。ステアリングとタイヤの機械的つながりを切り離し、電気信号に変換してタイヤの角度を独立制御。路面からのキックバックを伝えず快適に運転でき、ドライバーの好みに応じた操作性にカスタマイズも可能。最高の走りを楽しむために――。脈々と受け継がれてきた挑戦の魂は、最新モデルにも息づいている。

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プレミアムセダンの頂点を
革新し続ける。

セドリック、グロリアの系譜を繋ぎ、日本のプレミアムセダンの頂点から、世界の頂点へと革新の道を歩み続けるフーガ。パワフル&ハイレスポンスな走行性能と優れた環境性能を両立する、1モーター2クラッチ方式の「インテリジェント デュアル クラッチ コントロール」を採用した独自のハイブリッドシステムなど。その挑戦の全ては、人生を革新し続け、真の豊かさの価値を知るオーナーのために。

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