挑戦者の原動力 スカイライン特別企画

お笑い芸人、俳優、画家 片岡 鶴太郎さん 頭で考えてやったことは一つもない根源にある“シード”の声を聞くだけ

 片岡鶴太郎さんは、お笑い芸人から俳優、プロボクサー、画家、書道家など、表現の場を次々と広げている。「頭で考えてやってきたことは一つもない」と語る片岡さんに、自分を信じて歩み続ける道、その根底にあるものを聞いた。

芸人の世界にどっぷりつかりたい挑戦・挫折・見直しの繰り返し

 お笑い芸人になることが夢で、どうしたらなれるのかそればかり考えていました。弟子入りという選択をしたのは、芸人になったら、芸人としての世界にどっぷりつかって生活したいと考えていたからです。高校卒業後、何人かの喜劇俳優さんに弟子入りを志願しては断られ、ようやく声帯模写の片岡鶴八師匠に弟子入りを許されました。

 かばん持ちを3年間やった後、師匠の推薦をもらって全国を巡業するコントグループの司会を務めることになりました。キャバレーなどで行われるフロアショーの仕事です。毎日舞台に立つことは、稽古の何百倍もの勉強になります。しかし1年、2年と続けていくうちに、毎回同じウケるネタしかやらないマンネリ状態になっていったんです。これ以上ここにとどまっていたら自分自身の旬の時間を無駄にしてしまう、芸人として売れたいという夢もかなえられない――。半ば強行突破でグループを抜けました。

 ピン芸人に戻って自分自身を鍛え直そうと決意したとき、道後温泉の歌謡ショーの仕事を知人が紹介してくれました。温泉宿を1日に5、6軒回ってはモノマネをするんですが、湯治に来ているおじいちゃんおばあちゃんの前で、20歳そこそこの若者が「小森のおばちゃま」をしても誰も分からないわけですよ。ホントに全然ウケなくて・・・・・・。試行錯誤して、やっとウケたのが、渥美清さんの「寅さん」や森進一さん、小林旭さん。毎日毎日が挑戦で、挫折したり、芸を見直したりの繰り返しでした。

3日間でつくったネタが10年続く芸人とテレビとの関係変えた番組

 道後で半年くらい力を蓄え、23歳のとき東京へ戻りました。これまでの経験を生かしネタをきちっとつくって勝負するためです。これを逃したら後はないという覚悟で、若手芸人の登竜門だった東宝名人会のオーディションを受験。一発で合格し寄席に出始め、すぐにテレビ番組からも声が掛かるようになりました。

 大きな転機になったのが、『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系列)への出演です。モンスター番組だった『8時だよ!全員集合』(TBS系列)に対抗し、その真逆をやろうとゲリラ的に始まりました。向こうは公開生放送で、ネタもきっちり稽古している。こっちは密室のスタジオで、ほとんどアドリブ。あっちがチームなら、こっちは漫才コンビをバラして出演者同士の新たな化学反応を生み出す。週刊誌のように瞬発力でつくる発想です。

 ある日曜日、テレビ局に呼び出され「次はマッチ(近藤真彦さんの愛称)のモノマネをやるから、『ギンギラギンにさりげなく』を覚えてきて」と言われました。僕の持ちネタにはなかったので、それこそ挑戦です。収録日まで3日しかありません。仕上がるわけもないと思いつつ、必死に歌を覚え特長を捉えました。「まあ、勢いだけで!ギンギラギンを歌いながらセットを壊して!マッチは死ぬ設定だからこのネタは今回だけでいいよ」と言われていたのですが・・・・・・。ウケちゃったんですよ。おかげでマッチは毎回死んで生き返り、番組とともに10年間続きました。本当に、お笑い芸人とテレビとの関係が変わったなという番組でしたね。

今やっていることは間違っていないか常に自分と対話しています

「親が『お前たちのために、やりたかったことをあきらめたんだ』と言い訳をしたら、たまらんでしょ。僕はやりたいと思ったことはやります。そして自分で選んだ道を、自分が進んでいく進化、新しくなっていく新化、深くなっていく深化を体感しながら、今やっていることは間違っていないか常に自分と対話しています」(片岡さん)

片岡さんを支えるもの ヨガ

「少しずつ自分の哲学をつくっている途中で、その日々を支える大きな柱がヨガです。60歳を過ぎると生き方から死に方を考えなきゃいけない。でも、まだ早いなって思うんですよ。純度の高い年の重ね方と、積極的で創造性のある生き方をして、125歳くらいで昼寝するがごとく他界したいですね」(片岡さん)

肉体も精神もリセットし、プロボクサーのライセンス取得

 当時はバラエティータレントとして本当に忙しく、寝る時間もないのに後輩や共演者を誘っては酒を飲み、おいしいものを食べて遊び回っていました。非常に刹那的な生き方をしていましたね。ふと気づくと、1日1日、目の前の仕事をクリアしていくことに精いっぱいで、ハツカネズミが回し車をクルクルと走っても全然前に進んでいないみたいでね。自分の人生を深く掘り下げていく作業が全然できていないことに気づいたんです。肉体も醜くなっていて、「これはやばい。今死んだら何にも残らない」と思うようになっていました。

 心の声はずっとあったんです。でも「もうちょっと待て、今やることをやらなきゃならないじゃないか」と、その声に耳をふさいでいました。ちょうど同じころ、30歳のときに『男女7人夏物語』(TBS系列)というドラマに出演し、俳優としての喜びや充実感を全身で味わったんです。モノマネなど誰かに憑依(ひょうい)することで笑いを表現してきた僕にとって、誰かに扮(ふん)することは自分の資質だと気づきました。もっといろんな役を演じてみたい、喜怒哀楽や不条理や人間のあらゆる側面を描く素材として変わっていきたい。それには、笑われることでよしとする芸人らしいぽちゃっとした肉体を捨てなきゃいけないと思いました。

 本物の役者になるには、相当の覚悟を持たないと他の役者さんたちには太刀打ちできません。ロバート・デ・ニーロさんがボクサーを演じた映画『レイジング・ブル』に刺激を受け、だったら僕は本当のプロボクサーになろうと決めました。肉体も精神もリセットしたい、同時に肉体をきちんと管理できる人間になりたいという気持ちと、元々ボクシングが好きでライセンスを取りたいという気持ちが、やっと一つに集約できたんです。それまでの仕事を全て断ってトレーニングに打ち込み、33歳でプロライセンスを取得しました。

一旦手を付けたら何があっても逃げない突破したときの歓喜を味わってほしい

 絵を描き始めたきっかけは、一輪のツバキです。2月の寒い朝、玄関を出たところで何か気配を感じたものですから、ふっとそちらを見ると赤い花が咲いていました。「花は美しいと人は言うけれど、厳しい寒さの中で自分の生を全うしている、このことが美しいんじゃないのか」と、柄にもなく花と対峙しながら自問自答している自分に、はっとしました。そして、こういう感動を表現できたらなと思ったんです。役者でも、お笑いでも、ボクシングでもないもので表現したい。それは何だろうと考え、絵を描くことにしました。

 自分のことを分析してみますと、頭で考えてやっていたことは何一つありません。僕の根源の部分に「シード(種)」のようなものがあって、その声に耳をそばだて、やりたいと思うことをやってきただけです。例えばひまわりの種には、ひまわりとして成長していくのに必要なさまざまなことがプログラムされていますよね。それと同じです。成功するとかしないとか、お金がもうかるとかもうからないとか、どうでもいいんです。むしろそんな不純な要素が入ってくると、何か別のものになってしまう。本質的で根源的な純度の高いシードの声、それだけを聞く。決断するときは、一切他の人に相談しません。

 僕は紙一枚に一旦手を付けたら、何があっても最低限、判定勝ちするまではその紙から離れません。そう思ってやっていると必ず神が手助けしてくれると信じているんです。考えて、考えて、考える。そして「これも悪くないんじゃないかな」ってときにダダダっと行って、いい作品を仕上げていくこともあります。そうしたとき、自分にしかわからない達成感、自分は逃げなかった、ずっと正直だった、信じているものが形になったという手応えを得られるのです。仕事でも何でもどんな道でも一緒ではないでしょうか。自分がやりたいと思ったら、誰にも責任転嫁せずやり遂げ、突破したときの歓喜をぜひ味わってほしいと思います。

プロフィル お笑い芸人、俳優、画家

かたおか・つるたろう/1954年東京都生まれ。バラエティー番組『オレたちひょうきん族』出演をきっかけに全国区のお笑い芸人に。その後、俳優として数々のドラマに出演し、89年映画『異人たちとの夏』(大林宣彦監督)で第12回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞。88年のボクシングのプロライセンス取得をはじめ、絵画、陶芸、書など活躍の場を広げる。2015年書の芥川賞といわれる「第十回手島右卿賞」受賞。

プロフィル お笑い芸人、俳優、画家

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挑戦するプレミアムセダン

常に挑戦する魂を失うことなく、時代の最先端を走り続ける日産自動車のプレミアムセダン。クルマ本来の最高のパフォーマンス、最高の走行性能にこだわり続けてきたからこそ、あえてラグジュアリーではなくプレミアムと呼ぶにふさわしいクルマたち。輝かしい歴史とDNAを受け継ぎ、新たな未来を拓(ひら)くその魅力に迫る。

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「ハコスカ」「ケンメリ」など、誰もが憧れた日本のプレミアムセダンを代表する名モデルを生み出し続けてきたスカイライン。その代名詞である俊敏なレスポンス、最速を目指すハイブリッド、次世代ターボ、高揚感あるデザイン、最先端の全方位運転支援システムなど、その挑戦の魂と技術を結集し、さらなる進化を遂げたスカイラインがまた一つの時代の幕を開ける。

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プレミアムセダンの頂点を
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セドリック、グロリアの系譜を繋ぎ、日本のプレミアムセダンの頂点から、世界の頂点へと革新の道を歩み続けるフーガ。パワフル&ハイレスポンスな走行性能と優れた環境性能を両立する、1モーター2クラッチ方式の「インテリジェント デュアル クラッチ コントロール」を採用した独自のハイブリッドシステムなど。その挑戦の全ては、人生を革新し続け、真の豊かさの価値を知るオーナーのために。

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