ベンチャーにもっと冒険心を冒険心を「アドベンチャー」で生き残れ クオンタムリープ代表取締役 ファウンダー&CEO 出井 伸之氏

国境も職域も挫折もボーダーを越え続ける

 僕の人生を一言で表現すると「アドベンチャーライフ」。挑戦と冒険を続けています。好きなことを好きなようにやり続け「ボーダーを越える」ことがとにかく楽しい。

 第1のボーダーは「国境」。ビジネスで国際的に活躍したかった。ソニーの採用面接では明確な計画もないのに「この会社をヨーロッパで伸ばしてみせる。そのために入社したら1年間休職する」と宣言。実際に27歳で休職してスイスの大学院に留学。復職後、フランス法人を立ち上げるため、たった一人フランスへ赴任しました。そこで立ちはだかったのが、日仏の法律体系の違い。当時のフランスは100%外資の法人設立を認めておらず、苦肉の策でフランスの銀行との共同出資で現地法人を立ち上げるなど、最初からとにかく苦労しましたね。その時、優先したのは現地の意見や文化です。本社の意向に歯向かう形ですが、日本流を押し付けずに“異文化になじむ”ことが、海外でビジネスを進める上で重要だと信じたからです。

 ソニーフランスは軌道に乗りましたが、本社の意に反した僕は、帰国後、流通の部署で伝票整理担当に。やる気を失いかけたある日、一枚の伝票から全社の動きが見えることに気づいた。それからは急成長を続ける会社の伸びに自分が負けないよう、コンピューターで数年先の経営をシミュレーションする毎日に。その経験が「文系と理系を越える」第2の冒険へとつながりました。

冒険の度にその本質とビジネスモデル学ぶ

 その後、インターネット幕開けのはるか以前で海のものとも山のものともよくわからなかったコンピューター事業や、ベータマックスを撤退し窮地に陥っていたホームビデオ事業など、人が尻ごみする仕事に挑戦。デジタルとエンターテインメントの融合を目指しビル・ゲイツやスティーブン・スピルバーグといった世界をけん引する人たちと時に競い合い、時に協働しながら脇目も振らずに新しい世界を創りだそうと挑み続けました。

 58歳でソニーの社長を拝命しましたが、決して企業のトップになることが目標ではありませんでした。入社した頃のソニーにあふれていたベンチャー精神そのままに、余計なことを考えずにひたすら自分に任せられた事業を伸ばすための冒険と挑戦を続けていたら結果的に社長になったというだけです。

 ソニーを退いてからは、真逆の小さな会社をつくり、若い人を育て、彼らの会社を伸ばしていくことを目指しています。具体的には、ベンチャー企業や社内ベンチャーをサポートし、彼らからの刺激によって大企業や社会をも変革していくこと。日本の企業は、組織も発想も世界と比べて10年以上遅れています。日本のベンチャーはもっと冒険し失敗もしていい。銀行ももっと寛容に彼らを支えるべき。今秋にはベンチャーや大企業も挑戦できる環境として「アドベンチャービレッジ」を始動します。“ベンチャー”ではなく、“アドベンチャー”。「アドベンチャーキャピタル」も実現したい。生涯、冒険し続けます。

デジタル革命でクルマの未来変わる

 挑戦とは冒険と失敗の連続。降りられないジェットコースターに乗るようなものです。過去を知ることで未来は語れるけれど、未来は現在の延長線上にはない。改革者は反感を買うことも多いけれど、改革し続けなければ新たな時代はこない。

 クルマの世界もデジタル革命が進み、変化の時を迎えています。自動運転という未来も近い将来、当たり前になることは明白。自動車ビジネスは日本の経済の根幹を成す産業であり、その動向には大きな関心があります。デジタル革命は販売を大きく変える力があります。変化することを恐れず、メーカーもプロダクトだけではなく「プロダクト+サービス」というもう一つの頂をつくることが重要。今後、どんな新しいビジネスモデルをつくるのか、今が重要な時であり、変革の時だと思います。 

 一方で、僕は運転が好きで、運転がしたくてクルマに乗るタイプ。クルマを取り巻く環境がどう変わっても「走りの楽しいクルマ」に乗り続けたい。自動運転と走りの楽しさも、気分やシーンによって選べるなど、共存するでしょう。誕生以来、走りにこだわり、挑み続けてきたスカイラインの新たな挑戦にも期待しています。

To Dream is to Survive

未来を考え続ける人のみが生き残る

 現在、僕が代表を務めるクオンタムリープの社名は「非連続の飛躍」の意。未来は現在の延長線上ではなく、挑戦し、飛躍していくものだからです。年を重ねるたびに過去を振り返って話すことが心地よくなっていく人が増えますが、そればかりでは人も社会も衰退してしまう。好きな言葉は「To Dream is to Survive」。中東に平和をもたらした功績によりノーベル平和賞を受賞したイスラエル第9代大統領シモン・ペレス氏の有名なフレーズです。過去にとらわれず、未来を考え続ける人や国のみが生き残れる。僕自身、まだまだやり遂げていないことは多い。今、新たに書やフランス語を学び始めています。さらに、多くの人々をつなぎ、自由な発想で日本を表現したいですね。

SKYLINE

SKYLINE Impression

SKYLINE 350GT HYBRIDに試乗した出井氏。「普段は軽井沢から蓼科までなど、山道の運転を楽しんだりするのが好き。このスカイラインはグッと瞬時に上がるモーターのパワーや、コーナーをアウトインアウトで抜けていく時のハンドリングが特に気持ちいいね」(以下「」内は出井氏)

ダイレクトアダプティブステアリングは、路面のショックがストレートに来なくて、手がものすごく楽。細かなハンドル操作が瞬時に動きに反映されるところもいい

ドライブモードセレクターで、ステアリング操舵力・応答性、トランスミッション、レーンコントロールなどの違いを体験。「ダイレクトアダプティブステアリングは、路面のショックがストレートに来なくて、手がものすごく楽。細かなハンドル操作が瞬時に動きに反映されるところもいい」

ボディーカラーやインテリアがシックで大人の雰囲気。パドルシフトのステアリングのグリップ感もすごく良くて気に入ったポイント。ゴルフの後はインテリジェントクルーズコントロールで安心して帰宅し、走りを楽しみたい時はパドル操作で自在に運転するのも面白い。バランスのいいクルマだね撮影地:ナビオス横浜

「ボディーカラーやインテリアがシックで大人の雰囲気。パドルシフトのステアリングのグリップ感もすごく良くて気に入ったポイント。ゴルフの後はインテリジェントクルーズコントロールで安心して帰宅し、走りを楽しみたい時はパドル操作で自在に運転するのも面白い。バランスのいいクルマだね」

出井 伸之氏

プロフィル

出井 伸之氏(いでい・のぶゆき)

1937年東京都生まれ。60年早稲田大学卒業後、ソニー入社。主に欧州での海外事業に従事。オーディオ事業部長、コンピューター事業部長、ホームビデオ事業部長など歴任した後、95年社長就任。以後、10年にわたりソニー経営のトップとして、ソニー変革を主導。退任後、新しい価値を生み出す「革新的アイデア」と「実現リソース」の提供を標榜するコンサルティング企業、クオンタムリープ設立。著書に『変わり続ける』(ダイヤモンド社)他。

大物画家による奇抜すぎるサーキット THE WILDEST CIRCUIT | SKYLINE

自動運転の未来への布石として、スカイラインに量産車として世界初搭載された究極のステアリング技術
「ダイレクトアダプティブステアリング」。
航空機技術を応用し、これまでにないフィーリングでドライバーの意のままに操舵できる革新のテクノロジーが、
謎の大物画家によってコースデザインされた超難関サーキットに挑む――。
http://www2.nissan.co.jp/SP/SKYLINE/DAS

終わらない嵐はない 敗者は挑戦者に変わる 海洋冒険家 白石 康次郎氏

撮影地:シティマリーナヴェラシス

「この海を渡りたい」を貫き冒険の世界に

 「“ヨットで世界一周”という命がけの冒険に、なぜ挑むのか?」とよく聞かれますが、それは僕の夢だから。夢を抱くのに理由は要りません。物心ついた頃から目の前にはいつも海があり「きれいだな」「広いな」と皆が感じるのと同じように、僕はただ「この海をいつか渡ってみたい」と思って育ちました。

 海への思いは膨らみ、水産高校へ進学。高校3年の時には「誰の力も借りずにヨットで世界一周をしてみせる」とその夢はさらに具体的になりましたが、どうしたら実現できるかまるで分かりません。憧れの冒険家たちの本を読みあさる毎日の中で、史上初の単独世界一周ヨットレースで優勝した多田雄幸さんの著書と出合いました。タクシー運転手をしながら偉業を成し遂げた多田さんの経験談に「これなら自分にもできるかも。すぐ会いたい」と、あてもなく飛び出し、電話帳で探し出して弟子入り志願。安定した道ではなく、冒険の世界に飛び込みました。一生を懸けられる夢はいつ出合えるか誰にも分かりません。答えは損得ではなく、「やってみたい」と純粋に思える自分の心にあるのです。

大時化をも恐れず前向きに夢を追う

 冒険し続ける人生は順風満帆どころか失敗や挫折の繰り返しです。25歳で初挑戦した世界一周は連続2回失敗。49歳で挑んだ世界最高峰レース「ヴァンデ・グローヴ」はマストが折れリタイアしました。僕を信じてくれる人たちの顔が去来し、何億円もの支援を無にした自責の念に涙があふれました。そんな時もSOSを出さず、南アフリカ沖から一人マストを降ろし自力で帰航してきました。自分の挑戦は最後まで自分で全うすることが信条だからです。どんなに失敗しても、言い訳せず、元気よく、笑顔で前に進む時、敗者は挑戦者に変わるのです。

 「挑戦」とは居心地のいい現状から抜け出し、新しい世界に進むこと。僕の航海は命の保証すらありません。大時化(しけ)でも終わらない嵐はない。凪(なぎ)でもいつか風は吹く。困難に立ち向かい、夢を追い続けることの方が、名声や何かを得ることよりも僕にとっては幸せです。誰でも心のコンパスに従えば、すべての道は幸せに続いて行くのではないでしょうか。今の夢は、次回の「ヴァンデ・グローヴ」で完走すること。そして後進を育て、すべての技術が「メイドインジャパン」の艇で世界に挑みたいですね。

天如水!

才能ではない、やり方は無限大

 僕の挑戦を支える言葉は「天如水!」。天の理を感じ取り、与えられた天命を全うし、地球と自分が少しでも一体となることが理想です。泰然と、しなやかに、困難に向かっては強さと勢いを秘め、寛容で、人を益する、そんな水のような自分でありたい。この書は、日本を代表する冒険家、故・植村直己さんの奥様であり、僕の大恩人であり母のような存在でもある植村公子さんに書いていただきました。

 実は僕は今でも船酔いがひどくて、ヨット乗りには全く向いていないんです。でも、才能がなければ夢や挑戦がかなえられない訳じゃない。やり方は無限大にあります。人と同じことを同じやり方でやってもダメ。足りない何かを足すことに懸命になるより、大切なのは心を「水のごとく」研ぎ澄ますこと。そうすればやるべきことが見えてくるし、平常心こそが最大の判断につながります。

スカイライン

「走り」へのぶれない挑戦に共感

 外洋ヨットレースでは推進力に風力以外の動力を使うことはできませんが、モーターで海水から飲料水を作る、衛星を介して位置や気象データを入手・分析するなど技術は大きく変化。僕も航海中の多くの時間を船内のパソコンの前で過ごします。乗り物が追求するものは時代とともに「速さ」「パワー」「効率」「美しさ」へと変遷してきました。でも、形や方法論は変わっても挑戦の核となる部分がぶれないことが理想的だと思っています。スカイラインの歴史も「走り」に挑み続け、こだわりを持ち続け、時代を切り開いてきたことに共感を覚えます。これからも一緒に進化していきたいですね。(白石さん)

自動運転の未来への布石として、航空機技術を応用したダイレクトアダプティブステアリングを量産車として世界初導入(※)――。
スカイラインの挑戦は続いている。※2013年11月現在

白石 康次郎氏
©YOICHI YABE

プロフィル

白石 康次郎氏(しらいし・こうじろう)

1967年、東京生まれ鎌倉育ち。これまでに「ヨットによる世界一周」を3回達成。94年、「単独・無寄港・無補給(※)世界一周」を史上最年少で達成(26歳・当時)、実績や資金もない若者による「奇跡の世界一周」と話題に。06年、単独世界一周レース「ファイブ・オーシャンズ」クラスⅠで2位。08年、仏の双胴船のクルーとしてサンフランシスコ~横浜間の世界最速横断記録を更新。16年、最も過酷な単独世界一周レースと呼ばれる「ヴァンデ・グローヴ」にアジア人として初出場するも無念のリタイア。次回20年大会での初完走を目指す。

※クルーが同乗せず乗員1人で、どこにも寄港せず、食糧や燃料などの補給もしない航海