和田佳一郎
1970年生まれ。兵庫県出身。奈良県立医科大学卒業。奈良県立医科大学眼科医局に入局。多数の白内障手術の名医・達人の手術・手技に、感銘と影響を受け、2017現在までに4000件以上の白内障手術を執刀。産経新聞社主催の白内障セミナーなど実施。眼科専門医。
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INTERVIEW

医師として駆け出しの頃に教授から言われた「患者さんの喜びを我が喜びにせよ」という言葉を今も大切にしています。言われた時は正直よく分からなかったのですが、開業して痛感しました。患者様が喜んでくださると、本当に私たちもうれしいのです。たくさんの病院がある中で、私の医師としての技術や人となりを信頼して患者様が来てくださるわけです。そして治療を受けた結果、「ここを選んでよかった」と涙ながらに喜ばれる姿を見ると、私たちも心底うれしくなりますね。

町医者の温かさと大病院の最新技術を併せ持つ

和田佳一郎

子供の頃は病気がちで、よく熱を出しては病院に担ぎ込まれました。小学生の時には急性腎炎で緊急入院しました。透析を検討するほど状況は深刻で、不安のあまり母と一緒に「これからどうなるんだろう」と涙を流したことを覚えています。それでも、病院の先生が懸命に治療してくださったおかげで病状は奇跡的に回復し、3カ月で退院して普段通りの生活を送れるようになったんです。ありがたかったですね。しかも、入院中は看護師さんたちが一緒に遊んでくれたり親身に話を聞いてくれたりして、心強い味方になってくれました。この時の感謝の気持ちは今も忘れていません。これがきっかけで、私も医療に携わって人を助けたいと思うようになりました。

医学部に進学し、何科へ進むべきか悩みました。人と接することが大好きなので、小児科か内科医か、あるいは職人のように技術を駆使する外科医を目指そうかなどと考えていたところ、眼科の手術を見学する機会があったんです。繊細で一切の無駄がなく、芸術のように美しい手術を目の当たりにして、「これだ」と思いましたね。もともと凝り性で、ひとつのことを突き詰めるのが好きな性分で、「医龍」や「ブラックジャック」のように唯一無二の技術を持つ医師に憧れを抱いていました。「神の手」と称されるようなドクターに私も少しでも近づきたい。そんな思いから、高名な先生の噂を聞けば診療科を問わずどこへでも駆けつけて勉強させてもらっています。そうやって研さんを積むことが私の生きがいですね。「生きた証がほしい」と言うと大げさかもしれませんが、せっかく生まれてきたからには死ぬまでに何かひとつのことを本気でやり尽くしたいと思います。

今のクリニックを開設したのは2005年。かつて私が急性腎炎を患った時にしてもらったように、患者様の気持ちに寄り添う温かいクリニックを目指しました。また地域密着でありながらも、大病院に負けない最先端でハイレベルな設備や技術を提供することを心掛けました。

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白内障にも先進医療を導入

白内障の治療には特に注力しています。どの眼科でも扱っている一般的な疾患ですし、手術も15分足らずで済むものです。それでも、短時間で医師の技術や経験が如実に反映されてしまう。それが白内障治療のこわいところでもあり、やりがいを感じる部分でもあります。

この治療では水晶体の濁りを除去して代わりの人工レンズを入れるのですが、従来の単焦点レンズに代わって先進医療の遠近両用レンズが出てきたのが大きいですね。遠くにも近くにも焦点を合わせることができるので老眼鏡が必要なくなったと患者様にも喜んでいただいています。人は情報の8割を目から得ています。見えるということはQOL(生活の質)に大きくかかわるのです。これからも最先端の医療を提供して、患者様のQOLを少しでも高めていきたいですね。

どれだけ素晴らしい医療を提供しようと思っても、私ひとりでは不可能です。それを支えてくれるのはうちのスタッフたちなんですよね。スタッフは家族同然ですし、本当にありがたい存在です。医療はチームだとつくづく感じます。医師として最高の技術を身につけることはもちろん、チームとしてみんなで苦労したり患者様の喜びを共有したりしながら医療を作り上げていければ最高に幸せですよね。

「プロフェッショナル」であることが仕事の本質だと私は思っています。プロフェッショナルとはこだわり。私が大事にしているのは、手術の精度へのこだわり、結果へのこだわり、そして患者様に喜んでいただくことへのこだわりです。日夜それを探求して本質に迫ろうとする姿こそが、その人の生きざまになると思います。

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