竹野望
1979年生まれ、兵庫県出身。高校卒業後から水産業界に入る。2001年吉市水産有限会社入社。明石市公設地方卸売市場にて仕分けや配達などの業務に従事した後、04年にせり人免許取得。16年同社代表取締役就任。明石の魚介の魅力を全国に伝えたいという強い信念の下、様々なチャレンジを続けている。
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INTERVIEW

明石沖にある砂地の浅瀬にはプランクトンやエビ、カニなどのエサが豊富で、魚がたくさん集まるんですね。また、潮の流れが速いので魚の身もぎゅっと引き締まる。とにかく海の環境が良いんです。明石はタコだけじゃなく、タイもアナゴもおいしい。それをもっとたくさんの人に知ってもらいたい。テレビなどで紹介されて明石の魚介の魅力がだんだん知られるようになりましたが、食べたことがないという人はまだまだ多いと思います。いつか日本だけではなく世界中の人が明石の魚介を食べてくれるようになるといいなと思っています。

反骨精神で身を立てる

竹野望

高校を卒業してからこの仕事に入りました。それまでは釣りをしたこともなく、魚もそんなに食べていなくて、魚の名前すらわからない状態だったのですが、その当時はあまり他の人と同じことはしたくないという強い気持ちだけあって。魚屋で働いているとか市場で働いているという人が周りにいなかったので、求人のチラシを見た時に「これやな!」と思いました。当時、市場といったら東京の築地しか思いつかなかったので、明石にも市場があるのかと驚いたことを今でもよく覚えています。

この業界に入った後はものすごく厳しい毎日でした。完全に男社会なので、何をするにも怒られて。魚をすくう網を持っただけで、「何しとんやお前!何の意味があってそれ触っとんねん!」と。魚が一番大事だということはとにかく厳しくしつけられました。ウロコ一枚はがすな、と。生きた魚を取り扱う仕事ですのでそれはごく当然のことで、本当にいろいろと勉強させてもらったと思っています。厳しい下積み時代を乗り切れたのは、根性といいますか、先輩たちよりも上に行ってやるという気持ちだったと思いますね。年齢ではどうやっても上には行けないので、知識や技術、接客を磨こうと思いました。本当に負けん気だけでここまで来たような感じです。

社長になったのは、先代の社長から後を継がないかと言われたからです。何かしたいという思いがあったのでうれしかった反面、従業員とその家族の人生を私が背負っていくことになるわけですから、気持ちの整理をする時間が必要でした。責任の重さを感じ、引き受けるのに2カ月ほど悩みました。最後は当時の番頭が後押しをしてくれて。従業員がいなければ代表も何もありませんので、それで自分が皆を引っ張って行こうと決意して、社長を引き受けました。この業界は世襲が多く、第三者が社長に就くというのは少なくとも明石の市場では初めてのことです。反発など多々あったと思いますが、すべて先代が説得してくれて。先代への感謝の気持ちもあり、やる限りはとことんやってやろうと思いました。

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明石の魚介の魅力を全国に伝える

30代半ばで社長になるのも、この業界では珍しいことだったと思います。まだ落ち着くような年齢ではないので、これからどんどん前に出て行こうと思っています。私が社長になって新たに導入したビジネスが通信販売です。明石の魚介のおいしさをもっとたくさんの人に味わってもらいたいと思い、2017年に「八蔵水産」という通信販売のWEBサイトをオープンしました。本当は一人ひとりのお客様の目の前で調理して、明石の魚介のおいしさをそのまま味わってもらうのが一番ですが、それはちょっと難しい。かといってタイのお刺身を新鮮なまま遠方に届けるのも難しいので、「灰干(はいぼし)」という昔ながらの方法で干物にしたものを全国発送しています。従業員と一緒に試行錯誤した結果、灰干が一番おいしかった。これからもどんどん間口を広げて、よりたくさんの人たちに明石の魚介のおいしさを味わってもらいたいですね。

今やっと階段の一段目に上ったくらいで、決して現状に満足はしていません。また、あえてゴールを決めていないので、死ぬまで勉強だと思っています。小さい頃から市場に携わってなかった分、まだまだ視野を広げられると思っています。周りからは昔と比べて良くなったねと言われることが多いです。昔はどうしても職人気質で、厳しい顔で接客する従業員もいたと思うのですが、今は「腕も立つが笑顔も良い」、それが一番だと考えています。同じように考えてくれる従業員がたくさんいるので、人に恵まれていると感じます。今は、従業員が笑顔になれるような環境づくりを何より大切にしようと取り組んでいます。その方がお客様もきっと、買い物がより楽しくなるはず。顔色をうかがったり機嫌を取ったりはしませんが、できるだけ従業員の気持ちをくんであげられるように心がけています。

自分が従業員だった頃はいろいろと悩み、大変な思いをしたこともありましたが、今は仕事が楽しくて仕方がないです。例えば漁獲量ひとつ取ってみても、昨日と今日で全く同じだったことはないですし、明日も明後日もきっと同じということはない。毎日違うことの繰り返しで、本当に楽しいです。若い時はそんなに定職に就くことにこだわらなくてもいいのではないかと思っています。40歳になっても50歳になっても、本当に自分に向いている仕事は何か、自分が本当にやりたかった仕事は何か、分かっていない大人もたくさんいます。まずは浅く広く、何でもやってみるとよいのではないでしょうか。若い方がチャンスや可能性が多いことは確かなので、後悔しないようにがんばってほしいと思います。

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