春藤泰之
1957年生まれ。兵庫県出身。城西歯科大学(現明海大学歯学部)卒業。先輩が経営する歯科医院で3年間勤務した後、85年5月に地元・神戸市垂水区で開業。93年に医療法人化を行う。現在は「歯科甲子園D-1グランプリ」での活動にも力を入れており、第3回と第5回の実行委員長を歴任し、第5回以降、理事長に就任。次回は第6回。
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INTERVIEW

一生懸命だと知恵が出る。中途半端だと愚痴が出る。いい加減だと言い訳が出る――。これこそ私の座右の銘です。現在、歯科業界だけなく、日本社会全体が大きな変化に直面しています。高齢化社会の中で歯科業界がどのような役割を果たせるか。その答はすぐには見つかりません。歯科甲子園での活動も通して、地域医療への貢献だけでなく、日本社会全体の健康寿命延伸の実現にも取り組んでいきたいですね。

叔父が導いた歯科医師への道

春藤泰之

高校時代は柔道部の主将、中学と大学時代は軟式テニスに打ち込んでいました。文字通りのスポーツ青年です。そんな私が本格的に歯科医師の道を志したのは、大学の進路を考え出した頃まで遡ります。当時、歯科医師の叔父から、こう言われました。歯科医師になってみてはどうだろうか、と。

私自身、幼い頃から医療関係の仕事には興味を抱いていました。そもそも親戚に医師や歯科医、獣医師がいて、医療の世界を身近に感じていましたから。また、手先の器用さにも自信を持っていました。3歳の頃には彫刻刀を使ってゴム版画をしたり、小学生の頃には解剖セットでカエルなどを解剖したりしています。そうした背景を踏まえてアドバイスをくれた叔父には感謝に堪えません。

大学卒業後、先輩が経営する歯科医院に3年間勤務して、27歳の頃に独立。地元の神戸市垂水区に「春藤歯科医院」を開業しました。その時に掲げた「地域社会に愛される医院づくり」というビジョンは、開業後33年たった今でも変わりません。

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歯科業界から日本を変える挑戦

現在、歯科医院は虫歯の治療だけはなく、虫歯や歯周病などを予防するために通う場所となりつつあります。その要となるのが歯科衛生士です。当院でも歯科衛生士が4人在籍し、地域医療の向上に貢献しています。ただ、その実現のためには、定期的に歯科医院に来てもらわなければいけません。そこで挨拶や接客接遇といったホスピタリティーが重要になっていきます。

しかし、歯科医院の数はコンビニエンスストアよりも多いといわれています。残念ながら、中にはホスピタリティーを意識しない歯科医院も少なくありません。日本の人口が増えていた時代は虫歯の方が多くいて、経営努力をしなくても多くの患者様が集まりましたから。だけど、時代は変わっています。家から近いから選ばれる歯科医院ではなく「この歯科医院でなければダメだ」と患者様に受け取ってもらわなければなりません。

だからこそ、歯科医院もファンづくりを行っていく姿勢が重要です。そこで私は、歯科業界の現状を変えたいと考えている方と協力して「歯科甲子園D-1グランプリ」という大会を開催することにしました。大会を通して目指しているのは、ホスピタリティーあふれる医院づくりとスタッフのチーム力アップです。「共に集い、共に学び、共に成長する」というビジョンのもと開催を重ね、とうとう第5回の決勝大会は、経済産業省の後援も取得しました。私自身、第3回と第5回の歯科甲子園の実行委員長を歴任し、現在は第6回に向けて理事長を務めています。

今後、高齢化社会が進展して、健康寿命にフォーカスが当たれば当たるほど、歯科業界の重要性も高まるでしょう。近年、歯周病だと脳梗塞や心筋梗塞、糖尿病になるリスクが高くなることが分かってきています。また、肺炎で亡くなる方も多くなりましたが、その発症する原因が、口腔(こうくう)環境の悪化だというケースも珍しくありません。つまり歯科業界には、これからの日本社会を支えていくぐらいのインパクトがあるのです。アメリカではステータスの高い仕事として、なりたい職業に歯科医師や歯科衛生士もランクインしています。今後、日本の医療に貢献しながら、歯科甲子園の取り組みを通して、歯科業界全体のさらなる地位向上を図っていきたいですね。自主性をもって、チャレンジを続けていけば、道は切り開かれていきます。大切なのは、まずはやってみる姿勢ではないでしょうか。若い世代の方々も、ぜひ挑戦し続けてほしいですね。

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