佐藤達也
1998年東京医科歯科大学歯学部卒業。卒業後は同大学歯科研修医として口腔外科・歯内療法矯正歯科・顎補綴を学び、90年修了。その後、障害者歯科学講座・顎口腔機能治療部において、教授診療助手のチームリーダーとして、難易度の高い義歯や著名人・芸能人の審美歯科治療を担当。92年6月、東京大田区にて開業。特に「入れ歯治療」や「審美歯科」では遠方より新幹線や飛行機で来院される方も多い。
http://www.satou-shika.jp/

INTERVIEW

私の理想の組織は、例えるなら「天井が高すぎて見えない温室」。せっかくの温室も天井が低いと中に熱がこもって植物がだめになってしまいます。組織も同じで、締め付けが厳しいと思い切り伸びることができません。だからと言って、野放図にしていると豪雨や雷で全滅してしまうかもしれませんよね。覆いが一切ないのが自由で良いとは言えません。だから、天井の高い温室こそが理想なのです。中にいるメンバーが、自分が温室にいることに気づかないぐらい、自然で風通しの良い組織にしたいですね。

ラグビーに夢中だった学生時代

佐藤達也

子どもの頃からぜんそくとアレルギー性鼻炎、虫歯の持病があって、病院通いの日々を送りました。学生時代はラグビーに明け暮れましたが、試合の前日にもよく発作を起こしたものです。ひどいぜんそくの発作を起こした時は、食べると発作がひどくなるためろくに食事をせず、苦しくて横になれないため睡眠もとらず大量に薬を飲んで試合に出場し、試合後は学費や生活費を捻出するため塾講師や家庭教師のアルバイトを掛け持ちでこなしました。無茶をして何度も苦しみを味わいましたが、だからこそ自分も病気で苦しむ人を助けたいという思いにつながったのかもしれません。

私の半生を語る上で、恩師である東京医科歯科大学ラグビー部OBの大山喬史先生(前同大学学長)の存在は欠かせません。学生の頃から何かとお世話になり、卒業後も大山先生の医局に入局し、直接指導していただく機会に恵まれました。

研修医時代の私は若さ故にこわいもの知らずでした。著名な先生の元で見学させてほしいとか、週に一度は外の病院に研修に行きたいとか、無茶な要望ばかり出して医局長にひどく叱られたものです。しかし大山先生は私のわがままを聞き入れ、総理大臣も含めて各界著名人の診療をしている先生に電話して「うちの若いのに見学させてください」と直々にお願いしてくださったのです。やんちゃでわがまま放題な私を見て、ご自身の昔の姿と重なる部分があったのかもしれませんね。

私は30歳までに独立したいと考えていたのでその前年に大学病院を退職し、大山先生の地元である東京都大田区で開業に取り掛かりました。当時は「採算よりも人助け」の思いが強く、生意気にも治療には自信たっぷりでしたがマネジメントや経営に関してはまったくの素人でした。しばらくは、自転車操業でしたね。

  • 佐藤達也
  • 佐藤達也

「受けた恩を次のメンバーにつなぎたい

ある年、大学からの紹介で新人歯科医師が5人入って歯科医師が10人になり、歯科医師の人件費が倍になったのがきっかけで経営を本格的に勉強し始めました。まず実践したのは、診療報酬の内訳を可視化することでした。入れ歯、歯列矯正、セラミックなど診療内容ごとに患者さんの件数を出します。件数の多い部分が、患者さんが私たちの医院に求めていることですから、そこに対してインターネットなども駆使しながらより積極的にアプローチしていきました。

私が経営を学ぶほど、今まで以上に患者さんにとってベストの治療が提案できるようになり、合わせて頑張っているスタッフにも少しは報いることができるという手ごたえが出てきました。そうすると、さらに学びたくなるんですよね。江戸時代の近江商人が商売の心得として「売り手良し・買い手良し・世間良し」の「三方良し」を唱えています。この三方が満足できるのが良い商売であるという考え方ですが、私が新たに学んだのはこの三方に加え、従業員・取引会社・地域・国家・環境・日本・世界の将来まで全部を良くしていく「十方よし」という理念です。

今私たちは、患者さんも医院もスタッフも取引先の方々も潤うような医療を心がけています。今実践できているのはその「四方良し」まででその先はまだこれからですが、十方良しを目指して日本を復活させようというビジョンは持ち続けていきたいですね。大袈裟かもしれないけど、世界一の歯科医院にしたいんです。規模の大きさではなく、ユニークで特別な医院でありたいと思っています。

ラグビーは一番いい位置にいるメンバーにいかにボールをつなぐかが重要なスポーツです。私は恩師の大山先生と出会い多大な恩を受けました。その恩というボールをいかに次のメンバーにパスしてつないでいくか。それが私の使命だと思っています。ビジネスは心の真実を世に問う行為です。真心と一貫性がないと、世間には通用しません。でも、どんなに無茶をしても一貫性さえあればそれを受け止めてくれる場所は必ずあるものです。だから、若い人たちも恐れずに思いきりぶつかっていけばいいと思います。信念がブレなければ、手を差し伸べてくれる人は必ずいます。

ページの先頭へ