岡野訓
1969年生まれ、熊本県出身。大阪教育大学教育学部卒業後、地方銀行に就職。1年半で退職し税理士を目指す。税理士事務所に勤務後、2002年に独立。熊本を拠点に福岡と鹿児島にも事業所を展開。事業承継支援、黒字化支援、資産防衛支援の3本柱を軸に、中小企業の経営支援に取り組む。16年11月、熊本県からブライト企業に認定される。
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INTERVIEW

中小企業の経営支援がしたくて税理士になりました。ただし、税理士は経営コンサルタントではないので経営ノウハウは経営者の方にかなうはずもありませんが、こと数字に関しては私たちの方がプロです。経営者に数字を分かりやすく伝え、未来の数字を一緒に作り上げていくのが私たちの役割だと思っています。地元の中小企業の発展をお手伝いできること、そして地元の経済に貢献できることに大きなやりがいを感じています。

銀行員から税理士への転身

岡野訓

子供の頃は勉強もスポーツも得意な優等生タイプで、小中学校では生徒会役員を務めたりもしました。あまり好き勝手できない窮屈さはあったものの、それなりにこなして人気もあったと思います。大学を出ると地元の銀行に就職しました。元来、人の役に立つことが好きなので、頼まれたことは雑用でも何でも精いっぱい取り組みました。

出納業務や窓口業務を経て、中小企業の経営者を相手に金融サービスを提案する外回り担当になった時のことです。お客様の役に立ちたくて懸命に提案するのですが、最終的には「分かりました、顧問の税理士に聞いてみますね」という返事ばかり。結局、税理士に「NO」と判断されればどうしようもなく、何度も悔しい思いをしました。そんなことを繰り返すうちに、中小企業経営者の役に立ちたいなら銀行員よりも税理士になったほうが早いんじゃないかと思ったんですよね。私は思い立ったらすぐ行動に移すタイプなので、1年半勤めた銀行を辞めるとすぐにアルバイトをしながら税理士試験の勉強に取り掛かりました。

税理士になるからには起業するつもりでいましたが、試験に合格するとまず地元の会計事務所に就職して実務経験を積みました。最初に思った通り、税理士は経営者の側近のような立ち位置なので、銀行員の時よりもアドバイスを聞き入れてもらいやすかったですね。でも初めは経験や実力が足りずに、満足な提案ができないことばかりでした。 2年後に晴れて独立したもののツテがなかったので、税務や経営に関するセミナーを頻繁に開催して地道な周知活動からのスタートでした。徐々に経理や税務申告書作成などのご依頼を頂くようになりましたが、もっと経営に携わって企業が発展する手応えを感じたいと思っていました。熊本には中小企業の経営者が経営のことを相談できるような機関がなかったので、私がその窓口になりたいと思ったのです。

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税理士の仕事がAIに取って代わられても

内向き志向といわれる熊本の県民性故か、地場の中小企業からは「もっと会社を大きくしたい」とか「業績を伸ばしたい」というような意識がなかなか感じられませんでした。長くお付き合いいただいているお客様の業績に何年も変化がないのを、どうにか手助けできないだろうかともどかしく感じたものです。まずは経営者に利益拡大、黒字の意識をしっかり持ってもらうことを心掛けました。トップの意識が変わることで結果は大きく変わることを何度も実感しています。私自身もセミナーに参加したり、経営支援を強みにしている会計事務所の事例を聞きに行ったりして、勉強しながらノウハウを蓄積していきました。ようやく、思い描いていた事業のプラットフォームが完成しつつありますし、有望な若手もたくさん育ってきています。あとは精度とクオリティーを上げていけたらと思います。

記帳や税務申告など税理士業務の多くはこれから先AI(人工知能)に取って代わられるといわれています。だからこそ、人にしかできない経営支援の分野にこれからも注力していきたいですね。

たった一人で立ち上げた事業ですが、今は100人を超える従業員が一緒です。決して順風満帆にここまで来たわけではなく、人材不足も資金難も経験しましたし、悲しい裏切りもありました。何度も困難に直面しましたが、根底に「世の為人の為」という思いがあるので、私が逃げたら困る人がたくさんいるだろうと思うと、逃げるという選択肢はなかったですね。困難から逃げずに乗り越えた分だけ、会社が成長したのだと思います。

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