前納秀夫
1945年生まれ。東京都出身。千葉大学薬学部卒業後、家業のマエノ薬局に入社。漢方薬を中心とした相談薬局の特色を打ち出す。現在は調剤業務を基盤として、健康寿命延伸に向けた健康相談や地域の在宅、介護事業へ積極的に取り組んでいる。2016年4月薬事功労による旭日双光章を受章。
http://www.maeno-yakkyoku.co.jp/

INTERVIEW

健康に関するあらゆる情報が氾濫する世の中ですが、それが必ずしも実際の健康に直結するわけではありません。そこを手助けするのが私たち薬剤師の仕事ではないでしょうか。専門性の高さが私たちの特長ですが、それを患者様に分かりやすく伝え、地域の人たちに健康への意欲を高めてもらうことを大切にしています。地域全体で「あそこへ行けば力になってくれる」と思ってもらえるような薬局でありたいですね。

工学部から薬学部に入り直す

前納秀夫

薬局を営む両親のもと男四人兄弟の三男として生まれ、取っ組み合いをしながらたくましく育ちました。薬局を開業して働く両親の姿を間近で見てきましたが、私が選んだ進学先は工学部。日本が高度経済成長に向けて勢いを増していた時代だったので、大企業に就職するか、自分で会社を興して社会に貢献出来る事業をやりたいと思っていたのです。ところが家業の跡継ぎとして期待されていた弟が医学部へ進むことになり、それなら私がと、薬学部に入り直したのです。両親へのこれまでの感謝の念もありましたし、自分の未熟さや整理がつかない気持ちをリセットしたい思いもありました。薬剤師としてどのような道を歩むかということをイメージしながら送った学生生活は、非常に充実したものでした。
4年生の時、素晴らしい恩師との出会いがありました。40代前半と若く、穏やかで多くを語らないのですが、「これをしなさい」と指図するのではなく、「君はこういうことに興味を持って取り組んでいるかい」と優しく問いかけてくるような先生でした。人を導くのは強い言葉だけではなく、安らぎを与えてくれる優しい言葉にもその力があるのだと感じましたね。先生は私の薬剤師や薬局への思いを受け入れて、温かい愛情をもって接してくださいました。私もいつか指導者の立場になったら、先生のように若い人に愛情を注いで育てようと心に誓ったものです。この先生には大切なことをたくさん教えていただき、今でも尊敬しています。

大学を卒業すると、漢方のことを現場で学びたいと思い、父に紹介された薬局で1年間経験を積みました。その後、実家のマエノ薬局に入ったのですが、この時にはやりたいことのイメージがいくつもあり、やる気で満ちあふれていました。両親がそれに対して反対することなく受け入れてくれたのはありがたかったですね。今振り返ると私の人生は、自分が思うことを周囲の人たちが受け入れてくれたことで前進できたと思います。
当時、マエノ薬局では薬の他に、品ぞろえは十分ではないものの生活用品の大半がそろう町の商店のような店舗でした。また、風邪を引けばお医者さんよりもまず薬局に駆け込むような時代だったので、町の人たちに健康の相談をされることも頻繁だったのです。相談に乗るならもっと専門性を活かしたいと私は常々思っていました。漢方の勉強をしたのは、そのためでもあります。

  • 前納秀夫
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目先の利益よりも薬局の将来

地区の薬剤師会の会長になるなど社内外で積極的に活動していたので、父との世代交代の時期は、緩やかに自然な流れで迎えました。商社や大手スーパーに事業のお誘いをいただいたこともありましたが、会社を大きくするよりも私たち薬剤師の仕事を社会に広く認知してもらうことを優先しました。自分の会社だけではなく、地域の薬局で一丸となって業界の将来を見据えた経営を目指していきたいという、熱い思いと使命感を持っていましたね。

現在、関連店舗を含めて14店舗展開しています。患者様の健康寿命を延ばすためのお手伝いが今後の課題です。患者様本人はもちろんご家族へのアドバイスや、退院後居宅で過ごす患者様への療養指導など、様々な形のサポートを薬局の機能に取り入れようとしています。近隣の医療機関や介護施設とも連携をしながら、地域全体で町の人たちの健康を守りたいですね。

若者の皆さんには、自分の夢をかなえるためにしっかり目標を持ちながら歳を重ねていってほしいと思います。そのために一歩一歩努力してみてください。
若い人達がこれからの日本をたくましく大きくしていくことを期待していますし、楽しみにしています。若い方々のエネルギーなくして社会の発展・繁栄はありえません。若い力で、日本や世界をすばらしい社会環境に導いてください。

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