河野光輝
1967年生まれ、愛媛県出身。大阪大学卒業後、90年に三和銀行(現三菱UFJ銀行)入行。自治省(現総務省)の外郭団体に出向後、証券部門を歴任。債権・不動産等の証券化商品の組成などに従事。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・フィナンシャルサービス(現EYTAS)を経て、BNPパリバ証券において企業再生ファンドであるルネッサンスキャピタルグループ、レゾンキャピタルパートナーズの設立に参画。以降、上場企業代表取締役なども務め、数多くのM&Aや債権・株式投資活動(または業務)に従事。2014年にS.O.W.グループに参画。
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INTERVIEW

私たちの会社は外から見るといろんな事業をやっているように見えるかもしれませんが、何でもやるというわけでもありません。金融・IT・物流をこれからの社会で欠くことのできないインフラと位置づけており、この3本柱を軸とし、さらにこれらに医療を加えて、事業を展開しています。現社名「S.O.W.ホールディングス」の由来であるセンス・オブ・ワンダーは「わくわくする気持ち」を意味します。そんな気持ちを忘れずに仕事を楽しみたい、そして社会にもわくわくする気持ちを提供したい。それが私たちの信条でもあります。

就活中はバブル全盛期

河野光輝

ぜんそく持ちだったので、体力をつけるために幼い頃からいろんなスポーツをやっていて、10代はずっと軟式テニスに明け暮れていました。大学生の頃はバブル全盛期で就活は売り手市場。今の若い人たちには想像もつかないかもしれませんが、ネットもメールも無い時代で、企業側が積極的に学生を取り合うような状況だったので、必死に自分を売り込まなくても、良いところに就職できる時代だったんです。今思えば、学生が主体的に「この会社に行きたい」「この仕事をやりたい」と考える余地がなかったとも言えます。私も声を掛けていただいた複数の企業の中からなんとなく銀行を選びました。どこへいっても何とかやっていけるだろうと楽観的に構えていました。

ところが就職して間もなくバブルは崩壊。金融業界も大荒れで、私の仕事の大半は不良債権をさばくことでした。国内でも前例のない事態だったので、手探りで一からやっていくしかありません。ろくに家にも帰れず、連日泊まり込みで仕事をしていましたね。大変でしたが勉強になりましたし、のちのビジネスパートナーも含め、優秀で楽しい仲間に恵まれて貴重な経験ができたと思います。

その後外資系コンサルや証券会社に転職し、銀行時代の同期が立ち上げたS.O.W.グループと一緒に仕事をしたのがきっかけで、当社の役員就任を依頼されました。会社はすでにいくつもの企業を買収して次々と新事業に参入しグループとして成長している最中だったので、その過程にかかわるのは面白そうだと思い、乗っかったわけです。当時は銀行出身の社員が多く、良い意味で堅さがある会社でしたが、多様性ももっとあればいいなという印象でしたね。

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仕事環境と社員のマインドを整えてあげたい

今は、従来の金融・不動産等の事業とホールディングス体制を私が総括し、創業者は経営統合したIT・通信・物流事業を担う企業群の強化に専念する体制を敷いています。あとは、個々のメンバーの動きが会社を大きく左右するため、私が環境を整えてあげて社員たちのマインドを変えていかなくてはいけないと思っているところです。人に指示されないと動かない人間ばかりでは組織として強くなれません。社員一人ひとりが自分なりに考えて成果を出し、さらに仲間と協力することで1+1=2ではなく3にも4にもなっていくような組織を目指しています。私が何かをやるわけではありません。スポーツの監督がよく「やるのは選手」と話すのと同じで、社員がベストな状態で動けるように環境やマインドを醸成していくのが私の役割だと思っています。

課題はまだあります。これから先、ITやAIがますます普及する中でS.O.W.グループは今後もいろんな事業をやっていきますが、全てにおいて、ITやAIをフル活用できる会社となり、またそれが認知される会社にならないと、今後生き残っていくのは至難の業です。この業界は若い人がどんどん台頭していますから、50歳を過ぎた私たちが出しゃばってもなかなかマーケットを主導することはできません。今後は若く優秀な人材といかにして仲間になれるかがカギだと思っています。うちに来てくれてもいいし、横の連携でもいい。頼もしい仲間を増やしていきたいですね。

「生きてるだけで丸もうけ」という言葉が好きです。生きているといろんなストレスや問題が降り掛かってきますが、それをいかに楽しめるか、自分のものとして取り込んでいけるかが大事ではないでしょうか。困難を乗り越えることはチャンスでもあるし、もし失敗しても生きている限りまた挑戦することができます。みなさんも、生きている限り何とでもなります。変化や失敗を恐れずに挑戦し続けて、明るく頑張って欲しいと思います。

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