北山雅一
1957年生まれ、大阪府出身。79年慶応義塾大学商学部を卒業後、中央監査法人入所。85年、陽光監査法人(現 新日本有限責任監査法人)入所。 「金融マンのためのLotus1-2-3活用法」を出版し、90年に株式会社キャピタル・アセット・プランニングを設立。
https://www2.cap-net.co.jp/

INTERVIEW

私は会計士の仕事をしていた頃から金融のことに興味があったので勉強して証券アナリストの資格を取りました。 また、システムの勉強をしていた時にちょうどマイクロソフトが世界を席巻し始めていたので、ビルゲイツのセミナーに参加して名刺交換にこぎつけたこともあります。興味の領域が普通の人より広かったのだと思います。

実家の倒産がきっかけで会計士に

北山雅一

子供の頃はアメリカとソビエトの宇宙開発競争が盛んだった時代で、小学校の卒業文集には宇宙飛行士になりたいと書いていました。祖父が手掛けた鉄道広告業が繁盛していて、父親も大阪青年会議所の理事長。 1,200坪の豪邸で裕福な暮らしを送っていました。ところが、私が進学で上京した時に実家のビジネスが倒産してしまったんです。会社更生法を適用することになったのですが、 その時に更生計画を作ってくれた公認会計士の手腕が素晴らしくて、父には「お前は会社経営をするな、会計士になれ」と忠告されました。

大学4年の夏から1年間、公認会計士の勉強をして試験に合格すると、監査法人の最大手である中央監査法人に就職しました。入所式で、会計士協会の会長に「中央監査法人に入所したということは、 名だたるエクセレントカンパニーを監査するのだからプライドを持ちなさい」と言われたことが印象に残っています。私は主に銀行や証券会社の監査を担当したので、 そのおかげで他の会計士よりも金融の知識やノウハウを得ることができたと思います。ただ、その名だたるエクセレントカンパニーも今は存在しない会社も多くあり、企業の栄枯盛衰も目の当たりにしました。

中央監査法人で6年間働いた後、地元大阪に戻って現在の新日本監査法人の前身に入所しました。その法人の代表社員の会計事務所に記帳代行のシステムを作る部署があったのですが、 ある時、金融機関向けのパッケージを作ることになり、金融機関の監査を担当していた私が監修役となって企業評価のシステムを手掛けたのです。財務指標などを入力して点数化し、 融資の可否を決めるような仕組みで、これがトップセールスを記録しました。この時の経験が後に私のビジネスの核となる「金融とITの融合」の原点になっています。

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システム導入で生保営業を根底から変えた

その後、カンファレンスに参加するために渡米した際に「financial model for lotus 1-2-3」という本と出会ったんです。当時ベストセラーになっていた表計算ソフト 「ロータス1-2-3」を使った金融モデルの作り方がいくつも載っていて、巻末にはテンプレートが入ったフロッピーディクスが付属されています。それを見て、私も金融機関向けパッケージを 作った経験を基にこういう本が書けそうだと思ったんですよね。

帰国してほどなく日本でもロータス1-2-3がリリースされ、その翌年に「金融マンのためのLotus1-2-3活用法」という本を出版しました。すると一週間後に外資系生命保険会社から 「この本に載っているようなシステムを開発してもらえないか」と問い合わせがあったんです。もちろんすぐ開発に取り掛かりました。

これを機に今の会社を立ち上げ、生命保険会社のシステムを開発する事業に着手しました。保険の提案書や申込書、ライフプランなどを、 コンピューターを活用して顧客に見せることができるライフプランニングシステムの開発に始まり、オンラインでの即時申し込み、契約の即時成立化を可能にしたペーパーレスシステムの構築などを手掛けてきました。

従来、生命保険業界で主流だった「義理・人情・プレゼント」の営業スタイルから、「サイエンス」で生保を販売する時代へと変革をもたらした自負があります。 16年秋には上場も果たしました。起業当初は、指定されたシステムを開発するコンテンツベンダーとしてスタートしましたが、クライアントの事業戦略を実現するメインベンダーのポジションを確立し、 さらには財産・事業承継のコンサルティングサービスをエンドユーザーに提供するサービスベンダーを目指すことが私たちの使命だと思っています。

これからは中小企業経営者や個人投資家のためのシステムにも力を入れていきたいですね。個人金融市場の課題とニーズは多様化しています。 特に定年退職後から人生を終えるまでの間をどう生きるかということは大きな課題になっています。それを私たちのサイエンスで設計し、私たちのシステムで最適化することでお客様に分かりやすく示していきたいですね。 若い人たちには、大きな組織の中で埋もれるのではなく自ら新しいものを創造する「破壊的イノベーター」となって日本、さらには世界を変えるようなイノベーションを起こしていってほしいですね。

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