針金伸吾
1984年生まれ、千葉県出身。専門学校を卒業後、大手投資不動産会社に就職。その後ヘッドハンティングされ外資系生命保険会社に転職。転職後は営業・マネージメント部門で全国トップの称号を獲得し、所属支社を3年連続営業成績No.1に導いた。個人成績でもMDRT該当と輝かしい称号を獲得。2017年12月に株式会社保険ニュースを設立し、複数の上場企業の社員教育やセミナー講師を務める。
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INTERVIEW

インターネットがあれば何でもできる時代ですが、ネット保険にシェアを奪われるとは思いません。金融商品に限らず、ウェブに商品説明が羅列されているだけではお客様は判断できないんですよね。結局、商品の知識がある人から直接話を聞きたいというニーズは変わりません。特に保険商品は自分の人生を左右するものなので、信頼できる営業と納得いくまで話をしたいと思うのは当然のことです。だから私たちはネット集客でラクなシステムに逃げるスタイルを選びません。お客様に愛される質の良い営業を育てていきたいですね。

学歴コンプレックスをはね返して社長に

針金伸吾

母子家庭で育ったので、生活の中で貯金の必要性とか保険の重要性のようなことを早くから意識していたような気がします。特に奨学金返済の大変さは身をもって痛感しました。専門学校を出ると東証1部上場企業のSEとして就職しましたが、とくに希望してなったわけではなく、少しでも安定した企業で働きたい一心でしたね。指示されたことをやっていればそれなりのお給料がもらえますが、決して面白くはなかったです。結局、次にやりたいこともないのに辞めてしまいました。

しばらく飲食店などを転々としていましたが25歳の時、離れて暮らす父が他界して親が本当に母だけになってしまって。しっかりしなければと一念発起して投資不動産の会社に転職しました。その3年後に外資系の保険会社にヘッドハンティングされて入社しましたが、この頃になると仕事は楽しかったですね。私と同じ母子家庭のお客様と接することも多く、悩みや困りごとに寄り添い、喜んでいただけるような提案内容を考えることにやりがいを感じました。営業成績もみるみるうちに全国トップになりました。

そのうち、自分が売るよりも部下を教育して売らせることに面白みを感じるようになっていったんです。営業経験のない若手たちが、営業の中でも一番難しいとされる保険会社の営業として入社し、それぞれの夢や希望をかなえていく。彼らの成長を後押ししながら私もわくわくしていました。独立に踏み切ったのは、一社の商品だけではお客様に良い提案をするのに限界を感じたからです。また、ネットで何社もの保険の内容を簡単に比較できる時代だからこそ、情報が多すぎて結局何がいいか分からないという声が多く上がっていました。それなら私が雑多な情報を整理整頓してお客様に最適なものを提案する役割を担おう、と決意したのです。

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午前中は勉強、午後から営業

最初はいかにして売らせようかと考えながら営業を送り出していましたが、お客様からお叱りやクレームを受けることが多かったんです。そこで数字や金額へのこだわりを一旦捨てて、お客様に本当にいいものを届けようという方針に転換しました。一番変わったのは、社員教育に多大な時間を費やすようになったことでしょうか。うちでは社員を募集せず、意欲的な人材を探してスカウトします。キャリアは重視しないので、営業未経験者も多いんです。入社したら名刺の交換や挨拶、言葉遣いなど社会人としての基本、人としての礼儀やマナーをしっかりたたき込みます。どんなに知識や人脈が豊富でも、お客様に愛される営業でなければ意味がありませんからね。 また、午前中は営業には行かず、税務や商品知識、周辺知識の勉強に集中します。うちでは保険商品にとどまらず月々の光熱費、税金や車のローン、不動産や投資信託などお客様のライフプラン全体をカバーしているので、幅広い知識が不可欠なのです。社員たちには「自分のことを保険屋の営業だと思うな。ライフプランナー、フィナンシャルプランナーとして営業活動をしなさい」と話しています。社員たちにも自発的に勉強する文化が徐々に根づいてきているのを感じます。

お客様にご契約に至った理由をたずねると、商品が良かったからと回答される方はほとんどいません。大半の方が「営業の方の提案内容が良かったから」と言ってくださるんです。このことを信じて、今後も質の良い営業社員を育てていきます。私たちは保険代理店ですが、あと10年のうちに自社で保険のメーカーを設立してより良い保険商品を追求していきたいと思っています。ゆくゆくは銀行もつくって、お客様に最適な金融商品を届けるホールディングス会社に成長できたらいいですね。

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