東洋大学教授、慶応大学名誉教授 竹中 平蔵 氏東洋大学教授、慶応大学名誉教授 竹中 平蔵 氏
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竹中平蔵氏が語る
2018年度世界経済展望(後編)

サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させることで、人々に豊さをもたらすスマート社会を実現する―。政府の社会構想「Society 5.0」が発表されて、デジタル化にむけた国内の動きが加速しているが、海外の先進的な取り組みに比べると、まだまだそのスピードは十分とはいえない。デジタルビジネスにおいては、いち早く勝ち筋を見いだし、革新的なうねりを起こして変化をけん引しているのが、既存の「大企業」ではなく、スタートアップを含む多様なプレーヤーである点が特徴だ。「Society 5.0」「ブロックチェーン」「仮想通貨」「働き方改革」など最新の潮流と展望について、経済学者の竹中平蔵氏に解説いただいた。

マクロで捉えるべき「働き方改革」

── 現在、日本社会の大きな課題となっている「働き方改革」についてお考えをお聞かせください。

竹中 平蔵 氏

東洋大学教授
慶応大学名誉教授
竹中 平蔵(たけなか へいぞう)

竹中平蔵氏(以下、竹中) 働き方改革は英語では「ワーク・スタイル・リフォーム」です。しかし本当に目指されるべきは「レイバー・マーケット・リフォーム」、つまり、「労働市場改革」であると私は考えています。その改革のゴールは、多様で柔軟な働き方だけでなく、多様で柔軟な雇い方ができるようになることです。そして、それぞれの働き方の間に制度的な格差や差別がなくなることです。それが実現すれば、実質的な同一労働・同一賃金も実現するでしょう。

 しかし、現在の日本で行われているのは、その目標に対する「入り口の入り口」のような議論です。社会問題化された長時間労働にだけ焦点が当たって、労働時間を減らすことだけが企業の目標になってしまっています。

 本来、働き方を変えるということは、意思決定のプロセスや無駄な会議を減らすなど、企業の仕組みを変えるということです。もし、仕組みを変えずに労働時間が1割減ったら、たんにGDPが1割減るだけです。目指されるべきは、もっと大きな変革です。変革の第一歩は、時間で評価されるのではなく、裁量労働、つまり成果で評価される人を増やしていくことです。

 これは、世界では当たり前のことです。第4次産業革命に向けてもっと高い次元を目指さなければならないのに、世界で普通に行われていることが日本では認められていない。入り口の議論でこれだけ揉めている。これは非常に大きな問題だと思います。

── 企業の経営者の中には、「これまで終身雇用、年功序列でうまくいってきたのだから、変える必要はない」という人もいます。

竹中  もちろん、それも経営判断としてあり得るでしょう。これまでの働き方が最適である業種・業界が確実にあるからです。しかし、従来の在り方がふさわしくない業種も企業も役職もある。その多様性を認めていきましょうということです。

 例えば、私はどれだけ長く働いても残業代はもらえません。「夜中2時まで論文を書いたから残業代をください」と大学に言ったら、驚かれるだけです。これは私が学者だからですが、企業の社員の中にも時間ではなく成果で評価されるべき人がたくさんいるはずです。「残業」という概念にそぐわない仕事は実は非常に多いと私は考えています。

 なぜ、働き方改革、雇い方改革が必要か。それが実現しなければ、今後すさまじいスピードで進んでいく第4次産業革命の中で日本が生き残っていくことができないからです。日本が革命に後れを取ることは、すなわち私たちの生活がこれ以上豊かになっていかないことを意味します。働き方が変わって、仕事の生産性が上がるということは、すなわち「給料が上がる」ということであり、第4次産業革命が進むということは、私たちの社会がより便利で豊かになるということなのです。それを改めて確認する必要があるのではないでしょうか。

「Society 5.0」によって実現する社会とは

── 「Society 5.0」というビジョンを日本政府は提唱しています。このビジョンをどう見ていますか。

竹中  このビジョンはもともと産業側の議論から出てきたものですが、ここでもやはり重要なのは、このビジョンが実現することによって、産業だけではなく、社会が変わり、私たちの生活が変わるということです。Society 5.0と第4次産業革命のビジョンは共通しています。ICTによって様々な課題を解決し、私たちの社会をより豊かにしていくということです。

 例えば、ライドシェアが進めば、車の私有が少なくなり、駐車場として使われているスペースが有効活用できるようになります。それによって、都市の空間設計の在り方が変わっていくでしょう。「車を停めておく」という用途以外の様々な価値をそのスペースで実現していくことができるわけです。

 蒸気機関によってもたらされた第1次産業革命は、産業だけではなく、社会や人々の生き方を変えました。それゆえの「革命」だったわけです。私たちは、Society 5.0という言葉によって、まさしく社会そのものが変わっていくのだということをイメージすべきだと思います。

──変革を実感できる機会は今後増えていきそうですか。

竹中 世界経済フォーラムは、第4次産業革命センターをサンフランシスコにつくりました。私はフォーラムの理事会に「ぜひ日本にもつくってほしい」とお願いしたのですが、それが実現することになりました。センターのシスターオーガニゼーション(姉妹機関)がインドとスウェーデン、そして日本にできることになったのです。その先陣を切って、この夏くらいに東京にオープンする予定になっています。NECも、その力強いバックアップをしてくれています。これによって、日本の企業が強くなり、人々も生活が変わっていくことを実感できるようになるでしょう。素晴らしいことだと思います。

── ビジネスパーソンや企業経営者は、「Society 5.0」の実現にどう寄与していけばいのでしょうか。

竹中  社会を変える推進力となるのは企業です。国ができるのはそれに道筋をつくることだけです。たいへん残念なのは、現在の最新技術の中にはもともと日本から出てきたものが少なくないにも関わらず、主導権を海外の企業に握られてしまっていることです。今、日本の企業に求められているのは、意思決定のスピードを上げていくこと、若い人材の創意工夫を吸い上げる仕組みをつくること、変革の手綱をトップがしっかり握ることです。そしてそれによって、自らの力でSociety 5.0のビジョンの実現を目指していくことです。

── 時代が大きな変化の中にあるということは、ビジネスチャンスがあるということですよね。

竹中  まさしくそのとおりです。Society 5.0に向かう大きな変化は、ビジネスチャンスそのものといっていいでしょう。一方、その変化を傍観していては、長年築いてきたビジネスの蓄積ががらがらと音を立てて崩れていってしまう可能性もあります。危機意識をもって変化に挑んでほしい。そう思います。

着々と進む第4次産業革命

── 社会に実装された新しい技術の中で、とりわけ注目しているものは何ですか。

竹中 平蔵氏

竹中  私がここ半年ほどの間で一番驚いたのは、羽田空港の国際線ターミナルに顔認証の仕組みが導入されたことです。AIが顔を認証し、それがパスポートの写真と一致していれば数秒で入国手続きが終わってしまう。入国の可否の決定は、国家権力の行使です。これをAIにやらせるというのは、考えてみればすごいことなのです。NECさんも、海外の空港などに顔認証を活用したセキュリティソリューションを提供していますよね。空港をはじめとする公共の領域で第4次産業革命が確実に進展している。私たちの身近なところで新しい技術が確実に使われるようになっている。これは注目に値することだと思います。

── 急速に進んでいるFintechの現状と未来についても考えをお聞かせください。

竹中  ファイナンスはビッグデータやAIの活用可能性が広範にある分野です。例えば、会計制度は非常に複雑で、国によっても制度が異なります。また、毎年の税制の変化にも対応していかなければなりません。これまではその作業を個人の技能に委ねてきたのですが、今後AIを使うことによってスムーズに処理できるようになるでしょう。

 また、ブロックチェーンという技術によって、ファイナンスの世界が大きく変わろうとしています。

 銀行の大きな役割は、預金者が預けたお金の台帳を管理することです。ブロックチェーンとは、簡単にいえば、その台帳を分散して管理する仕組みのことです。このブロックチェーンの仕組みを使って流通しているのが仮想通貨です。仮想通貨をめぐっては様々な議論がありますが、この新しい通貨によって送金や決済ができる未来は必ずやってくると私は考えています。

──仮想通貨の有効性を疑問視する見方もあります。

竹中 もちろん、仮想通貨に問題がないということではありません。現在の仮想通貨は、非常に不幸な発展の仕方をしています。元来、通貨には3つの役割があります。1つは「価値を計る単位」という役割で、そこから2つめの「決済の手段」という役割が出てきます。さらに、その用途がもたらす信頼感、安心感のもとに、第3の役割である「富を蓄える手段」が生まれます。しかし、現在のいくつかの仮想通貨は、第1と第2の役割が定着しないままに、第3の役割が突出し、投機の対象となってしまった。それが、私がいう「不幸な発展」です。

 しかしそのことをもって、仮想通貨のすべてが使いものにならないと判断するのは誤りです。仮想通貨にはいろいろな種類があります。信頼できる仮想通貨を活用して、この分野を成長させていくという考え方が重要であると私は思います。

──銀行の在り方も変わりそうですね。

竹中 Fintech企業をあえて定義するならば、「お金に関するビッグデータを取り扱うテクノロジー企業」ということになります。ですから、Fintechの担い手が銀行である必要はまったくないわけです。アマゾンもアリババも金融ビジネスに乗り出しています。Fintech時代に対応するために、銀行は今後大きく変わっていかなければならないでしょう。

ICT企業が果たすべき役割

── 第4次産業革命を推進し、Society 5.0のビジョンを実現していくための「共創」の可能性についてはどのように考えていますか。

竹中  イノベーションは異なるもの同士の新しい結びつきによって生まれます。日本の強さは、多様な企業があることであり、そこに多様な結びつきの可能性があることです。

 近年、「都市の経済」という議論が盛んになっています。都市とは、多様な企業が活動し、多様な人々が暮らす場所であり、多様な結びつきが起こり得る空間です。東京圏の人口は3500万人で、これは世界一の規模です。将来、リニアモーターカーで東京圏と大阪圏が60分でつながれば、7300万人に及ぶさらに世界に類のない大規模都市圏が形成されることになります。その都市圏で起こりうる共創には無限の可能性がある。そう私は考えています。

 私はよく冗談めかして、「リニアモーターカーができると、東京から八王子に行くのとの同じ時間で大阪に行けるようになるから、出張手当は出なくなるよ」と言っていますが(笑)、東京と大阪はそのくらい強く結び付く可能性が将来的にあるということです。

── 今後、ICT企業が果たしていくべき役割について考えをお聞かせください。

竹中  革命のメインプレーヤーは、間違いなくICT企業です。日本には素晴らしいICT企業がたくさんあります。そういった企業で働く方々や経営者の皆さんに、ぜひ、「新しい技術によって社会はこう変わっていく」「新しい技術によってこういうことを実現したい」といった夢をどんどん語ってほしいと私は思います。それによって、「世の中は本当に変わっていく」という確かな実感が社会に広がっていくでしょう。夢を語ることで人々をワクワクさせること。それがICT企業の一つの大きな役割なのではないでしょうか。

※2018年2月取材

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