東洋大学教授、慶応大学名誉教授 竹中 平蔵 氏東洋大学教授、慶応大学名誉教授 竹中 平蔵 氏
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竹中平蔵氏が語る
2018年度世界経済展望(前編)

2016年、17年と世界の政治と経済は大きな変動の中にあった。これから先、世界はどのような方向に向かっていくのか。そして、日本はどのような課題に立ち向かっていかなければならないのか──。経済学者、竹中平蔵氏に今年の世界経済見通しと、「第4次産業革命」「レギュラトリー・サンドボックス」「キャッシュレス化」など、押さえておくべきキーワードを分かりやすく解説いただいた。

世界経済「振り返り」と2018年度の「見通し」

── 昨年から今年にかけての世界経済をどのように見ていますか。

竹中 平蔵 氏

東洋大学教授
慶応大学名誉教授
竹中 平蔵(たけなか へいぞう)

竹中平蔵氏(以下、竹中) 昨年1月に米国でトランプ大統領が就任し、その半年前には英国のEU離脱が決まりました。世界経済に今後大きな「乱気流」が起こっていく。昨年はそんな予感がありましたが、今年の世界経済フォーラムの総会、いわゆるダボス会議に出席して、それとは逆の経済の流れになっていることを強く感じました。

 2017年、世界の経済は押しなべて好調で、世界30カ国以上で株価が最高値を更新しました。米国は1年間で24%、ドイツは11%も株価が上がりました。日本もかつての最高値には及ばないまでも、株価上昇率は16%に達しました。しかも、株や為替のボラティリティ(変動性)も非常に低かった。

 このような状況を、ダボス会議では「グレートモデレーション」、すなわち「大いなる安定」と表現していました。問題は、この安定が今後も続くのかどうかということです。ダボス会議では、「この状況が大きく崩れる要因は今のところあまり見当たらない」「この安定はしばらく続いていくだろう」といった見方が大勢を占めていました。

── 今後しばらく世界経済は安泰ということでしょうか。

竹中 そう見ていいと思いますが、一つ見逃せないリスク要因があります。それは米国の金利上昇です。トランプ大統領は、法人税率を35%から21%まで下げました。これは米国史上最大の法人税減税です。さらに彼は、インフラ投資を積極的に行うと明言しています。今後、米国では財政赤字が拡大していくことになるでしょう。これは、金利上昇の要因となります。一方、米国の中央銀行であるFRB(米連邦準備理事会)も、これから3回くらいに分けて利上げをしていきたいと言っています。つまり、財政、金融両政策において金利上昇の基調にあるということです。

 米国という大国の金利が上がると、世界の資産市場に大きな影響が出ます。すでにその前兆が日本の為替や株の変動に現われています。今後、米国の金利がどう世界経済に波乱を起こすか。その点に注視していくことが必要であると思います。

── 「大いなる安定」は日本国内にも及んでいますか。

竹中 IMF(国際通貨基金)は、2017年の世界経済の成長率を3.7%、同じく18年の成長率を3.9%と見ています。一方、日本の政府経済見通しは、17年度が1.9%、18年度が1.8%です。世界全体の成長率と比べれば高い成長率とはいえませんが、日本の潜在成長力が1%弱であることを考えれば、その2倍近い成長が2年連続して続くということですから、我が国もまた安定の中にあるといっていいと思います。

第4次産業革命推進に不可欠な2つの政策

── この1年の間に、第4次産業革命に対する日本の取り組みはどの程度進んだと考えられますか。

竹中 日本で第4次産業革命が成長戦略の中に明確に位置づけられたのは2016年からです。17年からそれが徐々に具体化してきました。その一つが、「レギュラトリー・サンドボックス」です。ご存じのとおり、これは「規制の砂場」という意味で、子どもが砂場の中で自由に遊ぶように、企業が規制を超えていろいろなチャレンジができる仕組みのことです。今年冒頭の通常国会で、このサンドボックスに関する新しい法案が提出されます。その行方が、これからの日本の第4次産業革命への取り組みの一つの試金石になると思います。

 もう一つ、「リカレント教育」の仕組みも整備されつつあります。これもご存じのとおり、社会人が学び直して仕事や人生の可能性を広げていくための教育のことです。この取り組みも、第4次産業革命の推進には欠かせません。

── なぜ、リカレント教育が第4次産業革命に関わるのでしょうか。

竹中 いくつかの視点があります。第4次産業革命が進めば、AIやロボティクス、IoTといったテクノロジーが人間の仕事の一部を代替していくことになります。それによって失業者が増えるという懸念もありますが、むしろ労働人口の減少が補われると考えるべきです。テクノロジーが人間の働き方を変える。それはすなわち、多くの人が働き方や仕事のスキルを学び直していかなければならないことを意味します。そこで必要とされるのが、まさしくリカレント教育です。

 もう一つは、サイバーセキュリティに関わる視点です。スマートフォンが普及し、IoTの活用が広がっていく社会とは、デジタルネットワークへの入口が無数に増えていく社会です。それはまた、サイバー攻撃の入口が無数に用意される社会でもあります。従って、サイバーセキュリティを徹底することが今後はますます重要になるのですが、そのための人材が現在は圧倒的に不足しています。経済産業省が2020年までに20万人が不足すると試算しているサイバーセキュリティ人材。それを増やしていくためにも、リカレント教育は欠かせないのです。

シェアリングエコノミーの進捗

── シェアリングエコノミーの進捗についても、考えをお聞かせください。

竹中 平蔵 氏

竹中 諸外国において最も進んでいるシェアリングエコノミーは、ルームシェアとライドシェアです。前者の中心はいわゆる「民泊」で、日本では昨年6月に成立した住宅宿泊事業法によって細かなルールが定められました。しかし、一年間の宿泊日数の上限は180日とされ、さらに各自治体の裁量によってその上限は下げていいことになっています。私の考えでは、このルールはもう少し緩和すべきであろうと思います。

 もう一つのライドシェアですが、こちらは日本ではほとんど進んでいません。これは非常に残念なことです。なぜなら、ライドシェアは世界における近年最大の成長産業だからです。米国のウーバー(Uber)の企業価値は現在およそ7兆円です。あっというまに日本のメガバンクに匹敵するレベルの企業に成長してしまいました。中国にもライドシェア企業が続々登場し、世界最大のライドシェア市場になっています。もし、2020年に日本にライドシェアサービスがまったくないということになると、日本を訪れる外国の人たちはびっくりするでしょう。規制を緩和し、反対意見を調整しながら、サービスの実現を目指していくべきだと思います。

── シェアリングエコノミーは、今後ほかの領域にも広がっていくのでしょうか。

竹中 オフィス、自家用車、自転車などのシェアサービスがすでに登場しています。今後もいろいろなサービスが生まれるでしょう。私は、究極のシェアリングエコノミーは「人材のシェアリング」だと考えています。それが実現するかどうかは、企業が兼業を認めるかどうかにかかっています。

 人生100年時代といわれています。今後、人々が長く多様な人生を生きていく中で、いろいろな仕事の能力を身につけることは極めて重要です。企業が兼業を認めれば、人々の多彩な能力が開花するでしょう。それはもちろん、人材不足を補うことにつながるし、優れた人材が企業のビジネスを成長させることにもなるはずです。

 例えば、非常に能力の高いAIの専門家が、午前中はA社で働き、午後は別のB社で働き、夜はC大学で教鞭をとる。そういうことがあっても本来少しもおかしくはないのです。しかし、日本の多くの企業は兼業を禁止しています。なぜか。一つは、終身雇用、年功序列の仕組みが続いてきたため。もう一つは、労働基本法の記載によると私は考えています。労基法では就業規則をつくることが義務づけられています。それはもちろん労働者を守るために必須の規則ですが、その一例として「原則として兼業は認めない」と書かれています。その「例文」がまるでルールのようにして受け入れられてきたのです。

 考えようによっては、兼業禁止は憲法違反である可能性もあると私は思います。いろいろな場所で自由に働けることは個人の権利だからです。もちろん、利害が相反する会社で同時に働くのは避けられるべきだし、守秘義務も固く守られる必要があるでしょう。そのような仕組みをつくったうえで、人材のシェアリングの可能性を真剣に考えていくべきではないでしょうか。

ビッグデータを制するものが世界を制す

── 第4次産業革命を進めるには、ビッグデータが活用も欠かせないといわれています。

竹中 再びダボス会議の話ですが、英国のメイ首相は、英国においてもウーバーのサービスを促進していく必要があると述べました。ライドシェアサービスが活性化すれば、データが蓄積していきます。それが重要であるというのです。一方、ドイツのメルケル首相も、これからの経済的な競争力をもたらすのはビッグデータであると明言しています。

 米国にはビッグデータをもっている巨大企業がいくつもあり、中国は国家と企業が一体となってデータを整備しています。では、日本はどうか。議員立法でビッグデータ活用のための基本法が通り、ビッグデータの司令塔組織ができました。しかし、まだ具体的な成果が見えているわけではありません。今後はおそらく、自動車の自動走行のための道路情報の整備が進み、私たちの健康データの整備が進んでいくことになると思います。

 もう一つ、非常に重要な視点は「キャッシュレス化」です。データとは、いろいろな活動の副産物です。デジタル技術を活用したサービスを行うことによって、そこにデータが蓄積していくのです。そのようなサービスの中でとりわけ重要なのが、キャッシュレス決済です。これを今以上に普及させていくことによって、人々の生活が便利になるだけでなく、膨大なデータが蓄積していくことになるでしょう。それは大きな社会資産となるはずです。

 ビッグデータの司令塔組織ができて、個々の企業のデータ活用も徐々に進んでいます。しかし、まだまだスピードが足りません。社会全体で、データの統合や整理、あるいは異なるデータを相関させていく取り組みを迅速に実現させていかなければならない。そう私は考えています。

※2018年2月取材

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