1988年に株価指数先物が日本で上場されてから30年になります。今や、金融・証券市場では先物やオプションなどの「デリバティブ(金融派生商品)」が不可欠な金融商品になっています。一方、多くの人にとってデリバティブは遠い世界の話のように聞こえるかもしれません。しかし、間接的な利用も含めれば、多くの人がデリバティブを利用しているというのが現実です。例えば、投資信託や銀行の住宅ローンなどにも、その裏側でデリバティブが使われているのが普通です。逆に言えば、デリバティブなしでは多くの金融商品は存在しえなくなっています。このように、デリバティブは今や金融・証券市場で最も重要な金融商品の一つに成長しています。そうなった背景には、デリバティブが投資理論と切磋琢磨(せっさたくま)しながら進化してきたというストーリーがあるのです。以下、本稿の主題でもある株価指数先物を例にして、そのストーリーを振り返ってみたいと思います。
最も有名で、かつ、最もよく使われている投資理論に資本資産価格理論(Capital Asset Pricing Model;略してCAPM理論)があります。これは、1964年に提唱された理論で株式などのリスク資産のリターンの源泉を説明するものです。多くの金融・証券関係者にとって必須の投資理論といえます。おおまかに言うと、CAPM理論を想定すれば任意の株式ポートフォリオのリターンは次のように分解して考えることができます。
株式ポートフォリオのリターン = ①株式市場の平均リターン + ②超過リターン
①株式市場の平均リターン(マーケットリターンとも呼ばれる)は株式というリスクのある資産に投資さえすれば誰でも得られる共通のリターンです。株式を買うというリスクを取ると、そのリスクの報酬としてリターンが得られるということです。一方、②超過リターンは、良い銘柄を選ぶことによって得られる追加的なリターンです。これは、銘柄を選ぶ能力のある人だけが得られるリターンです。超過リターンはアルファとも呼ばれています。(もちろん、下手な人が銘柄を選べばアルファはマイナスのリターンになってしまうこともあります。)つまり、任意の株式ポートフォリオのリターンは、誰でも得られるマーケットリターンと高い能力が要求される超過リターンに分解することができるのです。
このように株式ポートフォリオのリターンを2つの要素に分解することで、多様な金融商品を作り多様な投資家ニーズにこたえることができるようになります。マーケットリターンだけで十分という投資家もいれば、相場の変動は怖いので超過リターンだけでよいという投資家もいるでしょう。CAPM理論はこのような分解が可能なことを理論的に示したわけです。以上がCAPM理論によって示されたリターンの分解ですが、一般の投資家はどうすればこれらの分解されたリターンを手に入れることができるのでしょうか。これを実現したのが株価指数先物です。株価指数とはマーケットの代理変数であり、株価指数先物のリターンはマーケットリターン(①)になります。つまり、株価指数先物を買えば、手軽にマーケットリターンだけを得ることができるのです。もちろん、指数型の投資信託を購入することも可能ですが、指数型の投資信託も実は厳密な運用を行うためにその裏で株価指数先物を使っているのです。
一方、株価指数先物は空売り(ショート)することができます。つまり、証拠金があれば元手なしにマーケットリターンと反対のリターンを得ることができるのです。したがって、株式ポートフォリオを保有している投資家が株価指数先物を空売りすると、マーケットリターンが相殺されゼロになります。つまり、マーケットの変動をヘッジできることになります。さらに、超過リターンがプラスであれば、マーケットリスクのない超過リターン(②)のみが残ります。
このように超過リターンだけを狙う投資戦略はマーケットニュートラル戦略と呼ばれており、機関投資家の重要な運用手法になっています。最近では、個人投資家向けの投資信託にもなっています。以上のように、株価指数先物は投資理論が示したことを実際の取引として実現させたといえるのです。
この30年、株価指数先物のおかげで多くの金融商品が市場に投入され、ETF(上場投資信託)などマーケットリターンを利用した指数型の金融商品が資産運用市場の表舞台を占めるようになりました。さらに、資産運用のパフォーマンスは日経平均株価や東証株価指数(TOPIX)などのマーケットリターンとの比較で行われるのが普通になりました。いつの間にか、資産運用はマーケットリターン、つまり、指数が基準になっているのです。株価指数先物は投資理論と併せて資産運用にかくも甚大な影響を与えているのです。なお、この株価指数の影響の増大は「資産運用の指数化」とも呼ばれています。そして、この指数化の流れは、株価指数や株価指数先物の多様化とともに今後も資産運用商品をけん引していくことになると思われます。