みんなで描くみんなの未来プロジェクト

みんなで描くみんなの未来プロジェクト

ビジネス感覚なくして イノベーションなし

Vol.3

経済同友会は、2016年11月に「みんなで描くみんなの未来プロジェクト」をスタートさせ、その一環として、会員である経営者がさまざまな形で情報発信しています。シリーズ第3回は冨山和彦・副代表幹事と、人工知能(AI)研究者の松尾豊・東京大学特任准教授の対談をお届けします。
松尾氏はAI研究の第一人者として最先端の研究に携わるほか、企業との共同研究や学生・卒業生の創業支援にも積極的に取り組んでいます。冨山氏が最高経営責任者(CEO)を務める経営共創基盤ともAIを活用した技術・サービス開発で協力関係にあり、多くの成果をあげています。AIをはじめイノベーションの進化は社会にどんな変化をもたらすのか、人間の役割はどう変わるのか。学術研究とビジネス応用の両面から、刺激的な議論が展開されました。

対談特集 経済同友会 副代表幹事、冨山 和彦氏×東京大学大学院工学系研究科 特任准教授、松尾 豊氏
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時代の先端を行く
松尾研究室の取り組み

冨山松尾先生は2007年から東京大学に研究室を持ってAIやディープラーニング(深層学習)などを研究されてきました。トヨタ自動車と共同研究をしたり、研究室の学生が起業したりと、非常にユニークな活動ですね。

松尾氏フォト

松尾グローバルな観点から、大学の研究室がやるべきと思うことをやってきたのですが、いろんな仕組みが出来上がってきたなと手応えを感じています。いま考えているのは、これから2年のうちに、ディープラーニングに関連したベンチャーを30社ほど立ち上げたいということです。多様な産業分野にAI技術を広めていけば、日本を変えられるのではないかと思っています。

冨山面白いですね。「やりたい」と手を挙げる学生はいるのですか。

松尾います。ここ数年、自分で何かやりたいという学生が増えたなと実感しています。少し前までは、親に反対されるから仕方なく大企業に就職する子もいましたが、今は優秀な学生ほど、創業意欲が強い。起業して成功したベンチャー経営者に比べ、会社に勤めたからといって安泰ではない、むしろ消耗している、搾取されているのではないかということに、ようやく気づき始めたんですね。

冨山なるほど。今までは優秀な人材が漫然と大企業に入って、横並びの賃金体系で結果的に搾取されていた面は確かにあると思います。日本もシリコンバレーやスタンフォード大学の文化に近づいてきたわけですね。東京大学は私の母校でもありますが、ようやく山が動き出したという印象があります。松尾研究室(松尾研)は常に時代の少し先を走ってきたと思いますが、どんな取り組みをされてきたのですか。

松尾研究テーマとしては、ウェブ上のデータを使った分析などから始まり、数年前からディープラーニングが加わりましたが、人工知能という大きなテーマは一貫しています。変わったのは運営の方法です。当初は国の予算をいただいていたのですが、年間2000万円を超えたくらいで「競争的資金の過度の集中」というのに該当し始めました。しかも、上限額はほぼ年功序列で決まっている。これでは自分が大きな研究ができるのはずっと先になるし、その頃には世界は大きく変わってしまうと考え、思い切って国の研究費をもらうのをやめたのです。

冨山代わりに企業からの資金を得ることにしたのですね。

冨山氏フォト

松尾はい。最初にトヨタ子会社の研究部門から研究を受託し、年間200万円の資金をいただくことになりました。ところが、この200万円は、額は国の2000万円の10分の1ですが、よっぽど大変な資金でした。相手も研究者ですから、鋭く細かく指摘や指示が入るのです。

でも、これをクリアしないと前には進めないんだと必死で食らいついていくうちに、少しずつ信用を得ていきました。ちょうどその頃、経営共創基盤の川上登福さん(パートナー、取締役マネージングディレクター)と出会ってリクルートを紹介してもらい、高額な研究費を出していただきました。これが大きな転機になりました。高額なお金に対して、きちんと付加価値を出してお返しする。実績を積み、そういう案件が何本も走る状態になってきました。

冨山研究室だけでなく、広く社会人もデータサイエンスについて学べる「グローバル消費インテリジェンス寄付講座」も2014年から始めましたね。けっこう厳しいプログラム内容だから、これをやり抜いた人は相当優秀な人材ということですね。

松尾2015年からはディープラーニングについても人材育成のための講座を始めました。

冨山今は世の中いたるところでデータサイエンティストが求められています。その分野で先行して人材を輩出してきたわけで、意義は大きいと思います。企業からの委託を受けてリアルな事業開発上の課題に取り組んでいるから、極めて実践的です。

松尾企業との共同研究を進める中で、学生の分析能力やプレゼン能力が飛躍的に向上し、何年も企業にいるようなスキルが身に付きます。なかには起業する学生が出てくる。ただし、学生は業界の構造を知りません。どんな分野に可能性があるか、事業計画はどう作るか、その辺りは大企業のプロに教えてもらう。大企業にとってはディープラーニングの最先端の知見を得られるので、場合によっては買収してもらってもいい。そういうフローの枠組みが出来上がりつつあります。

冨山かつては産学連携というと、アカデミアの世界で通用しない人がやるというトンチンカンな議論がありました。でもそれは全く逆で、従来の枠組みでは収まりきらない柔軟で先進的な考えの人たちが引っ張ってきたのが現実ではないでしょうか。AIの分野で言えば、研究材料はデータであり、企業が持つリアルなデータに最もアクセスできるのは松尾研だと思います。そういう意味ではアカデミズムの分野でも有利な立場にあると言えますね。

松尾私が産学連携に力を入れるのは、米国のスタンフォード大学に留学して価値観が大きく変わったからです。AIの分野では、既にグーグルが次々と成果を出していて、僕が論文を書くより、グーグルがやっていることの方が明らかにエラいなあと思ったのです(笑)。開発した技術で利益を上げて、その資金を研究に投資して新たな技術を開発する。そういう再投資のゲームに加わらないと勝負になりません。研究者として力を発揮するには、事業を創り出す能力も同時に持たなくてはいけないと気づいたのです。

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AIは単なる道具
何を解かせるかが大事

冨山氏フォト

冨山少し話題を変えて、AIの技術をどう活用するかについてお聞きしたいのですが、AI革命は「目の革命」とも呼ばれています。ロボティクスや自動運転も本当の勝負どころは「目・視覚」だと。

松尾その通りです。「目」を持つ機械をどう活用するか。特に日本の場合、製造業がディープラーニングを使って、ものづくり産業からサービス産業へと移行していく必要があるでしょう。その意味では、ネット業界は先行事例になると思っています。サービスやプラットフォームの作り方のノウハウや知見が生かせる。そのためには、ネット業界で活躍した人が、製造業に入って知見をフィードバックしてもらいたいですね。

冨山拙著『AI経営で会社は甦る』(文芸春秋刊)にも書きましたが、デジタル技術はこれまでネットサービスなどカジュアルな領域で発展してきました。しかし、これからはリアルでシリアスな世界、例えば自動車や医療、金融、教育といった分野が主戦場になります。そこでIT(情報技術)業界の知見、ノウハウが生かせるというわけですね。

AIがいよいよリアルな世界に入り込んでくるわけですが、そうすると必ず出てくるのが、いわゆるシンギュラリティ(AIが人類の知能を超える転換点)の問題です。今までも人間のやってきたことは機械に置き換わってきましたが、今回は生々しさが違います。人間は一体何をすればいいのでしょうか。

松尾氏フォト

松尾僕はその問題よりも、産業競争力の話が先じゃないかと思っています。国全体の経済が伸びていく中で富の再分配の話をするのと、衰退していく中でするのとでは全然違いますよね。AIの進展によって、目を持つ機械を作ったり、使ったりする産業がたくさん生まれます。これは自動車産業の発展が雇用をたくさん生んだのと同じ理屈です。人間がやることは、よりハイタッチなものに寄っていくだけで、雇用自体が減るわけではないと思っています。

冨山確かに、人類の歴史を振り返ってみると、産業革命の時に機械を打ち壊したラッダイト運動などがありましたが、結果的に人間の仕事が減ったためしはありません。もう一つ、AIに関する議論として、AIが人格や意識を持って人類を支配するという意見があります。専門家としてどのように考えますか。

松尾今年初めに世界のAI専門家が参加する会議が米国で行われたのですが、そこで、ある学者が「AIが人類を支配するといった話は、人類が火星に移住して、火星が人口爆発したらどうしようと心配するようなものだ」と話していました。人類はまだ火星に行ってもいないのに。これはAIの専門家では有名な例えなのですが、そのくらい現実味がない。

ただし、社会が懸念を抱いているのなら、それに対して真摯に答える責任もまた専門家にはあります。社会と専門家が対話し、一緒に考える場を作って、お互いに理解を深める。実際、多くの研究者や専門家がイベントなどを開いて一般市民との対話に努めています。

冨山AIがいくら賢くても、何を解かせるかの問題を設定するのは人間なのですよね。

松尾はい。知能と生命を混同してはいけません。知能は単なる道具にすぎない。人間は生きるために知能という道具を使っています。いくら道具のレベルが上がったとしても、生命的な目的を持つことはないと思います。

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次世代を担う若者は
知能より生命の力を高めよ

冨山AIをはじめとするイノベーションの進化によって、経済や政治、社会のあり方は大きく変わろうとしています。次世代を担う若者は何を学び、自分をどう高めていけばよいでしょうか。

松尾やはり、優秀な学生にはぜひディープラーニングを学んでほしいですね。明らかに需要に対して供給が不足しています。特にまじめな人に向いていると思うんです。地道な作業ですから。多少大げさですが、東京大学にとっては、明治時代の官僚輩出に匹敵するくらいの社会貢献になると思います。

冨山ただ、そういう優秀な人材は一握りで、大半の学生は正解のある問題にどれだけ速くたどり着くか、という競争をしてきました。日本の教育のあり方自体が変わらないといけないですね。

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松尾おっしゃるとおりで、正解に速くたどり着く能力はあまり重要ではなくなるでしょう。では、その代わりにどんな能力が必要か。問題発見能力、コミュニケーション能力、人間力、やる気、などが挙げられますが、どうトレーニングするかは結構難しいですね。先ほど、生命と知能は違うと言いましたが、知能よりも生命の教育が必要かもしれません。生命の力を上げるというか、生きたいと願う力を上げるというか。というのは、昔から、成功した人は死にそうな目に遭っている人が多いと思うんです。

冨山確かにそうですね。英国のオックスブリッジ(オックスフォード大学とケンブリッジ大学)などでリベラルアーツ(一般教養)を教えるのは、古典などを通じて生と死に関わる問題を考えさせる意味があるそうです。かつての英国では戦争のとき、最前線で戦うのは貴族だった。その伝統が続いているわけです。

松尾これからの時代、日本でもリベラルアーツの重要性が一段と重みを増すでしょうね。

冨山日本は学校だけでなく、企業の人材育成も変わる必要があります。学校で正解を求める訓練ばかりしてきたので、会社に入っても上司が何を考えているか、何を求めているかしか考えない人が多い。この会社や組織にとって何が最も必要なのか、ゼロベースで考える教育を受けていないのです。私は企業再生の現場をいろいろと見てきましたが、そういう人たちが経営幹部になり、いざ一大事となった時に何と言うか。「銀行はどう言っている?」「役所はどう言っている?」「君はどう思う?」の3つです(笑)。日本を代表するような大企業でもそうなのです。

松尾どうして日本企業はここまで苦戦するようになったのでしょう。

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冨山戦後の復興期、日本は加工貿易立国として生き残る道を選びました。製造業を中心に、商社や銀行が周りを固め、国が資金面で支える。功罪ありますが、この成長モデルが40年以上もうまく機能してしまい、教育制度も含めて自己強化してしまったのです。ところが、1990年前後にバブル崩壊、冷戦終結、デジタル革命という3つの大きな波が同時に来てしまい、対応できなかった。それが25年以上も続いてきたわけです。

松尾私は経済の専門家ではないのですが、どうも国の政策を聞いていると、新しい標語やキャッチフレーズを持ち出して未来のことばかり語っている気がします。本当に負けた事実を直視して、原因を分析しているのかが疑問です。

冨山その通りです。25年間の敗北の歴史から教訓を引き出せるかどうか。私たちの世代の責任だと思います。経済同友会がまとめた「Japan2.0 最適化社会に向けて」という提言も、戦後70年の成功体験を超えて、新たな経済・社会システムの構築を目指す。もっと言えば、大先輩たちが築いてこられた成長モデルをいったん壊して、新たなモデルを創造しなければならないという危機感の表れです。破壊なき創造はありませんから。

松尾私も経済をいかに成長させるかが、これからの日本にとって重要だと思っています。AIの本格利用が始まる今は大きなチャンスであり、今こそ変わらなければ、このまま衰退の道を歩みかねません。若い世代が存分に能力を発揮できる仕組みを作っていきたいですね。

冨山いつの時代もイノベーションを起こしてきたのは若者です。日本の優秀な若者たちが世界のさまざまな分野で活躍することを期待したいですね。今日はどうもありがとうございました。

松尾こちらこそ、ありがとうございました。

松尾 豊氏フォト

松尾豊(まつお・ゆたか)
東京大学大学院工学系研究科 特任准教授

プロフィル

1975年香川県生まれ。1997年東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年同大学院博士課程修了。博士(工学)。同年より産業技術総合研究所研究員、2005年よりスタンフォード大学客員研究員、2007年より現職。2014年より同研究科グローバル消費インテリジェンス寄付講座共同代表・特任准教授、2015年より産業技術総合研究所人工知能研究センター企画チーム長兼任。シンガポール国立大学客員准教授、経営共創基盤顧問も務める。専門分野は人工知能、ウェブマイニング、ビッグデータ分析、ディープラーニング。


冨山 和彦氏フォト

冨山和彦(とやま・かずひこ)
経済同友会 副代表幹事

プロフィル

1960年東京都生まれ。1985年東京大学法学部卒業、1992年スタンフォード大学経営学修士(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、産業再生機構COOに就任、カネボウ再建を手掛ける。同機構解散後の2007年、経営共創基盤(IGPI)を設立し、代表取締役CEO。
2000年経済同友会入会、2007〜2012年度幹事、2013年度より副代表幹事。2013年度より、政府の諸改革に対し機動的な意見発信を行う改革推進プラットフォームの事務局長を務め、2015年に「金融・資本市場からの規律による産業構造改革を目指して」「経済・財政再生計画(経済・財政一体改革)への意見」などを取りまとめた。


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