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スペシャリストたちの提言 企業戦略を考える

Vol.18:モノからコトへ消費行動が変化するなか 企業価値と不動産はどうあるべきか モルガン・スタンレーMUFG証券シニアアドバイザー ロバート・フェルドマン氏 経営課題:経営戦略、人材育成、ワークプレイス

ロバート・フェルドマン氏の写真

 自身の著書や「ワールドビジネスサテライト」などのテレビ番組で、日本経済や労働市場改革などの問題に鋭く斬り込む、ロバート・フェルドマン氏。労働問題だけでなく、農業、医療、エネルギー、教育、行政改革などにも幅広く関心を寄せる一方、これからのワークプレイスのあり方や、都市計画など不動産に関わる豊富な知見も持つ。モノからコトへ消費価値が変化する時代に、着目すべきポイントを聞いた。

人々が偶然触れ合う仕掛けを施すことが
オフィスの生産性を高める

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 近年、ITやAI、ロボットなど技術革新が進むなか消費や供給の流れが変わっているが、変化を見通す上での重要なポイントは、「情報を入手するコスト、それを伝達するコストがきわめて安くなったこと」とフェルドマン氏は指摘する。消費者が何を求めているか、その情報をいち早く察知し、商品をより安くより速く供給することができれば、その企業は市場で優位に立てる。

 一方で、共働き世帯が増え、消費者もまた時間の使い方を考えるようになった。企業は「顧客の時間を無駄遣いさせないこと、言い替えれば『時間の経済学』を理解する」ことが欠かせないと言う。一見、EC店舗は商品選択の利便性を向上させているように見える。ただ、検索結果を絞り込まないと目的の商品にはなかなかたどり着かず、むしろ実店舗で店員のお薦めを聞いたほうが結果的に早くモノが買えることもある。店舗内をぶらぶら歩いて、思わぬ商品を発見できる場合もある。こうしたモノよりもコトに関心を持つ顧客の体験をより豊かにすることが、実店舗が生き残る道にもつながる。

 こうしたことはオフィスについてもいえるのではないだろうか。

 「従業員がランチやスナックをどこで食べるかというのは、実は重要な問題です。広いオフィスのど真ん中にスナックテーブルを置き、誰もがいつでも好きなものを好きなだけ取れるというサービスを提供している企業もあります。ここには部署、役職問わず人が集まる。その偶然の出会いが情報交換や新しいビジネスへのヒントにつながることもあるのです」

 フェルドマン氏は、社員の偶発的な出会いを促すため新本社のビルにトイレは一カ所という大胆な提案をしたアニメ映画製作会社の例も挙げた。最終的には従業員の反対で実現はしなかったそうだが。

 これまでのように面積あたりのオフィス活用効率だけを考えていては、創造性は生まれない。

 「一つのオフィスだけでなく、オフィスビル全体、あるいはオフィス街まで広げて、いろんな人が偶然出会えるような仕掛けを施すことは、コミュニケーションの活性化や創発性、ひいては生産性向上を生み出す土壌づくりという意味でとても大切なこと」とフェルドマン氏は言う。

労働市場の改革は、結果的に企業価値の向上にもつながる

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 フェルドマン氏はアベノミクスにおける「働き方改革」に疑義を述べてきた識者の一人。「残業規制や雇用形態ばかりが議論されて、労働市場全体の改革にまだ足を踏み込んでいないからです」。氏は、金銭的補償を基にした解雇規制の大幅緩和論者であり、正社員という概念そのものをなくすべきだと主張する。「人は所属や立場ではなく、仕事のパフォーマンスを中心にして評価されるべき。その人の企業への貢献度が上がれば給料も上がる、そうでなければ下がるというシンプルな評価体系が必要。また、能力の高い人は複数の企業にまたがって働くことができるよう、政府は雇用の流動化を進めるべきです。それを促すために、企業は並行してオフィス環境の整備に取り組むことが重要です。こうした労働市場の改革により日本経済が活性化し、結果的に企業価値も労働所得も向上につながっていく」と指摘する。

 フェルドマン氏はこのほか、コンパクトシティ化が進んだ米国ポートランドを例に、行政を巻き込んだ都市計画づくりの重要性やエネルギー効率の高いオフィスビルの意義、さらに農地に不動産信託制度を導入することで再活用を促すことが国際競争力をもつ日本農業の再生に不可欠、といった持論も展開した。

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ロバート・フェルドマン

モルガン・スタンレーMUFG証券(株)シニアアドバイザー。東京理科大学大学院経営学研究科教授 兼 イノベーション研究科教授。
1953年アメリカ・テネシー州出身。1970年に交換留学生として初来日。イェール大学(経済学・日本研究学士)を経て、マサチューセッツ工科大学において経済学博士を取得。野村総合研究所、日本銀行で研究業務、その後国際通貨基金(IMF)勤務を経て、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券主席エコノミスト、モルガン・スタンレーMUFG証券日本担当チーフエコノミストおよび経済調査部長を務める。経済財政諮問会議に設けられた「日本21世紀ビジョン」専門調査会の「経済財政展望」ワーキンググループ委員も経験。専門はマクロ経済および金融構造論。「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系)、「日曜討論」(NHK)などテレビ番組のコメンテーターとしても知られる。著書に『フェルドマン式知的生産術 ― 国境、業界を越えて働く人に』(プレジデント社、2012年)、『フェルドマン博士の日本経済最新講義』(文藝春秋、2015年)などがある。

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“島国”にとらわれている限り、企業の成長はありえない

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 「日本人の美徳が企業の成長を邪魔している、ということもあると思います」──フェルドマン氏は、日本の経営者に欠けている問題は何かと問われてそう答えた。

 メイドインジャパンのお気に入りの遠近両用メガネを米国在住の友人にも使わせたいと思った時のこと。メーカーに問い合わせると「海外では販売していない。壊れたときにすぐ直せないから」との答え。たしかに日本では、その方針は品質に責任をもちたいと考える企業の美徳と捉えられるかもしれない。しかし氏は納得できない。企業の成長のためには、古い概念や制約を壊して国境を飛び越えていこうという覇気が必要だ、というのだ。

 国内の経営者でプライベート・ジェットを持つ人が少ないことにも、氏はかねて疑問を抱いていた。「グローバル化は単なる掛け声なのでしょうか。経営者は必要なときに迅速に海外に行くためには何が必要かを考えるべきです」

 また、今後ほぼ間違いなく訪れる国内の労働力不足は最重要の問題であり、それに対応していくためには、「人々はもっと所属や立場にとらわれず効率的に働き、同時に新しいワークプレイスの創出やエネルギー効率の高いオフィスビル活用を含む、本当の意味での働き方改革が不可避」と述べる。

 たしかに耳が痛い。グローバル経営や労働力不足は認識していても、意識の奥底ではまだ我々日本人は“島国”という呪縛にとらわれたままなのかもしれない。

(本コンテンツは三菱地所リアルエステートサービスが企画した対談「スペシャリストの智vol.18」を再構成したものです)

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スペシャリストの智 vol.18