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スペシャリストたちの提言 企業戦略を考える

Vol.16:クリエーティブオフィス戦略で新たなイノベーションを 〜働き方改革を「場」の視点から再構築 創造性を促すワークプレイスのススメ〜 ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員 百嶋 徹氏 経営課題:経営戦略、働き方改革、ワークプレイス

百嶋 徹氏

 働き方改革が叫ばれ、長時間労働の是正が主な関心になっているが、企業競争力の源泉となる「知識創造活動」という観点からこの課題に取り組むことも重要だ。その舞台になるのが、オフィス(ワークプレイス)だ。ニッセイ基礎研究所の百嶋徹氏は、クリエーティブオフィスの構築・運用とワークスタイル改革の重要性、それらを新たな企業不動産(CRE)戦略に組み込むことの必要性を指摘する。

知識創造活動を促進するクリエーティブオフィス

百嶋氏

 「激化する企業間の国際競争を勝ち抜くための差別化要因は、これまで日本企業が得意としてきた製品・技術の改良ではなく、いかにして画期的なイノベーションにつながる豊富な知識創造活動が行われるかにかかっている」と指摘するのは、ニッセイ基礎研究所の百嶋徹氏。CRE戦略に造詣が深く、米国シリコンバレーのIT企業など海外の先進事例を通して、知識創造の基盤となるクリエーティブオフィスの共通点を抽出し「基本モデル」として提唱してきた。

 「研究開発業務だけでなく、製造、物流、販売・マーケティングなど企業のバリューチェーンを担うあらゆる業務、そして管財を含むあらゆる本社間接業務で、いま創造性が求められている。従業員が生き生きと働けるような創造的なオフィスを作り、そこで裁量的なワークスタイルをセットで推進することで、多様な人材の能力を最大限に引き出して、新たなイノベーションを生み出す。こうした戦略が日本企業にも必要だ」

 まずクリエーティブオフィスの基本モデルを貫く大原則は、オフィス全体を街や都市など一種のコミュニティーやエコシステムと捉えることだ。さらに従業員間の信頼感・人的ネットワークの醸成、多様性の尊重、地域コミュニティーとの共生、安全性への配慮、従業員の健康への配慮、という5つの具体原則を満たさなければならない。

 クリエーティブオフィスと働き方改革はどう関連するのか。働き方改革は、アベノミクスの成長戦略の重要な柱の1つだが、産業界では時短が強調されるあまり「何時以降はオフィスにいてはならない」というようなやり方を従業員に強いている企業が多いのではないか。「重要なのは一律的な残業規制ではなく、多様で柔軟な働き方のニーズに社内制度やオフィス空間を最大限対応させ、労働生産性の抜本的向上を図ることだ」。クリエーティブオフィスでは、従業員同士の交流を促すオープンな環境と集中できる静かな環境の二者択一ではなく、両極端にある両方の要素を共存させてバランスを取るべきだ。交流重視の視点から集中重視の視点まで広域のスペクトラムこそが、新たなイノベーションを産む土壌になる。「つまりオフィスに多様性や柔軟性をどう取り込むか」が鍵になる。

 もちろん多様性を備えたオフィスづくりには、画一的なオフィスに比べコストがかかる。最近、ある米国の大手IT企業が本社建設のために50億ドル規模の巨額投資を行った例がある。オフィスはもちろんコストでもあるが、未来への戦略投資であるとの視点を重視したからこその英断といえる。

経営理念とワークスタイル変革が
実装されたオフィスづくり

百嶋氏

 国内でもフロア面積の広いメガプレートを備えた大規模ビルに戦略的に本社機能などを移転・集約する動きが一部で見られる。単純なコスト削減だけに終わらせるのではなく、関連性のある複数の部署やグループ会社をワンフロアに集めることにより、社内のインフォーマルなコミュニケーションやコラボレーションの活性化を図り、グループのシナジー創出につなげることが戦略的な狙いだ。

 近年は、従業員のオフィスでの動きを加速度センサーなどIoTを使って計測する試みも始まっている。百嶋氏は、「人では気づけない、生産性と相関性が強い従業員の行動指標をAIに整理・提示させ、人がそれを吟味して施策に落とし込めば、働き方改革の有効なツールとなり得る」という。

 前述のクリエーティブオフィスの基本モデルは、経営理念とワークスタイル変革という「魂」を吹き込んで初めて、各社仕様にカスタマイズして起動させることができる。経営理念を吹き込むとは、オフィスづくりに経営者の思いや視点を反映させること。上下関係にこだわらないフラットな組織づくりが経営者の思いであれば、それを体現するようにひな壇を廃したフラットなレイアウトを導入することが一例だ。「仏作って魂入れずでは、どんなにクリエーティブオフィスを標榜しても、それはただのハコになってしまう。そうではなく、経営理念とワークスタイル変革という魂を注入したオフィスこそが重要だ」と、百嶋氏は語っている。

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百嶋 徹 (ひゃくしま・とおる)

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員
1985年野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント出向を経て、1998年ニッセイ基礎研究所入社。企業経営を中心に、産業競争力、産業政策、イノベーション、CRE(企業不動産)、環境経営・CSR(企業の社会的責任)などが専門の研究テーマ。1994年発表の日経金融新聞およびInstitutional Investor誌のアナリストランキングにおいて、素材産業部門で各々第1位。2006年度国土交通省CRE研究会の事務局を担当。国土交通省CRE研究会ワーキンググループ委員として『CRE戦略実践のためのガイドライン』の作成に参画、「事例編」の執筆を担当(2008~10年)。明治大学経営学部特別招聘教授を歴任(2014~16年度)。共著書『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』(東洋経済新報社、2006年)で第1回日本ファシリティマネジメント大賞奨励賞受賞(公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会主催、2007年)。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努める。

百嶋氏

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オフィスは1つの街や都市として捉える発想へ

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 オフィス環境が企業の収益にどのように影響するかを数値化することはなかなか難しい。しかし、現に米国の先進企業では、最先端のしつらえ、自由で創造的なオフィス空間、柔軟で裁量的な働き方を提供できないと、そもそも優秀な人材が集まらない。人材獲得競争で優位に立つためには、創造的なワークプレイスと多様な働き方を提供することは必須条件になっている。日本にもこうした流れは確実に押し寄せつつある。

 百嶋氏の論点で興味深いのは、オフィスを1つの街や都市として捉える発想だ。従業員それぞれが座る固定席は自宅のようなもの、自席の周囲との自由なコミュニケーションは近所付き合いをするようなもの、そしてオフィス内の休憩・共用スペースは、一種の公共スペースだ。そういえば、とある衣料大手が昨年中核事業の主要機能を移転した新オフィスには、随所に読書スペースやソファが設置され、その雰囲気は高級ホテルのようだという。まさに、図書館やホテル、カフェといった都市を模倣したオフィスが、人々の自由で豊かな発想を育むというわけである。

(本コンテンツは三菱地所リアルエステートサービスが企画した対談「スペシャリストの智vol.16」を再構成したものです)

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スペシャリストの智 vol.16