Vol.09:〜CREカンファレンス・レポート〜クラウド化がもたらした加速する社会基盤。今の企業価値を考える。

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パネルディスカッション「4人のスペシャリストが集い 今の企業価値向上策を考える」〈パネリスト〉セールスフォース・ドットコム 専務執行役員 チーフ・トラステッド・パートナー 保科 実氏、ジャフコ 事業投資部長 南黒沢 晃氏、ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員/明治大学経営学部 特別招聘教授 百嶋 徹氏、三菱地所リアルエステートサービス 情報開発一部長 前田 茂充氏

「顧客の時代」の対応へ
求められる新たな企業価値の創造

購買におけるネット時代 顧客のニーズの先取りが鍵 保科氏

保科 弊社・小出の基調講演にもあったように、インターネット、SNS(交流サイト)、モバイルの発展で、顧客が企業よりも多くの情報をもつ「顧客の時代」が到来している。ネットを通して顧客と企業がつながる一方、消費者の購買の大半がネットで行われる。単に品質やブランドだけでは勝てない。顧客のニーズを先取りしてつかむことが重要になる。

南黒沢 顧客の時代を見越したビジネスの変化は、例えば駐車場ビジネスでも起こっている。全国の空いている月極駐車場や個人の駐車場と利用者のニーズをネットでマッチングさせるベンチャー企業が台頭し、大手ブランドと競合を始めた。2~3年後のこの業界がどうなっているか私たちも予測するのが難しい。

百嶋 顧客と企業の関わり方が変われば、社会と企業の関わり方も変化する。多様なステークホルダーから共感を得て、志の高い社会的ミッションの実現に取り組む企業こそが、顧客からの支持を得る時代になってきた。

前田 こうした時代に備えて、企業は体質を柔軟に保ち、変化対応力を高める必要がある。企業経営を圧迫する無駄な不動産をもつ余裕はない。戦略的な不動産投資を行って、ROE(自己資本利益率)を向上させる取り組みが求められている。

ROE(当期純利益÷自己資本)=ROA(純利益÷総資産)×財務レバレッジ(総資産÷自己資本)=売上高利益率(純利益÷売上高)×総資産回転率(売上高÷総資産)×財務レバレッジ(総資産÷自己資本)
不要な不動産を売却しROA向上へ 南黒沢氏
合理的CREの可視化で事業判断の見通しを促進 前田氏

南黒沢 私が重要だと考えるのはROA(総資産利益率)だ。資本も負債も含めて集めた資金をどれだけ効率的に運用しているかが示される。不要不急の不動産など負の資産を売却し、使用効率を改善することもROA改善に資するはずだ。

百嶋 日本企業の低ROEの主因はROS(売上高利益率)すなわち「稼ぐ力」の低さにある。戦略投資により稼ぐ力を抜本的に強化してROAを高めれば、ROEも向上する。

前田 CRE(企業不動産)の観点でいえば、自社の不動産を可視化することがまず重要だ。どこにどんな不動産があって、それぞれどう活用すべきか。合理的・効率的なCREの可視化が事業判断の見通しを速くする。不動産可視化のためには当社が提供する「CRE@M」などIT(情報技術)の活用もお勧めしたい。

保科 企業のシステム投資の重点は、社内でやりとりされるデータを管理するSoR(Systems of Record)から、顧客接点を増やすSoE(Systems of Engagement)、そしてIoT(モノのインターネット化)を含むあらゆるデータを収集・活用するSoI(Systems of Insight)へとはっきり変わりつつある。過去・現在の「見える化」の後に来るのが「先の見える化」。次の打ち手や戦略を考える仕組みが必要なのは、ITも不動産も同様だ。

百嶋 いま企業はどんなビジョンを持つべきか。先ほど社会的ミッション起点のCSR(企業の社会的責任)経営の重要性を強調したのは、四半期決算の義務化などで多くの日本企業が目先の利益追求を優先する経営の短期志向に陥ってしまっているからだ。企業は社会的価値の創出と引き換えに経済的リターンを受け取るというのが本来のあり方。社会を変革する破壊的イノベーションに挑戦し続けるべきだ。

SoR(Systems of Record)、SoE(Systems of Engagement)、SoI(Systems of Insight)

保科 良いモノを作れば売れる時代ではない。売り方やサービスの質に付加価値がなければならない。新しいテクノロジーを用いたり、新しいビジネスモデルを創造することで、「より顧客に寄り添える企業に変わる」という視点が重要だ。

南黒沢 長い目でみて市場で生き残る企業には3つの条件がある。①その事業に社会的意義があること②新しい価値を創造し続けられること③絶え間ないビジネスモデルの再編成によって、競争優位を短いサイクルで積み重ねることができること。最近の私たちの投資対象もそうした条件から選んでいる。

百嶋 イノベーションを継続的に生み出すためには、オフィスのあり方も再検討すべきだ。従業員間のつながりの醸成、地球環境や従業員の健康への配慮、ワークスタイル革新が重要な視点だ。創造的なオフィスづくりには、イノベーションの源となる組織スラック(経営資源の余裕部分)に投資するとの発想が欠かせない。

南黒沢 企業価値とは、バリューチェーンを構成する組織と人材がいかに活性化しているか、そこから創りだされる企業文化がいかに魅力的かに尽きると思う。成果主義の導入や非正規雇用が拡大する一方で、長期的視点に立って働く人の尊重と人材価値の向上に本気で取り組む経営者が増えている。どんなにコストを低減しても、採用・研修のコストは減らせないと考える経営者は多い。

百嶋 CRE戦略では企業のファシリティが立地する地域社会との共生も欠かせない視点だ。不動産は外部性を持つため、景観や環境など社会性に配慮した利活用が欠かせない。さらにCREは、事業を通じた地域活性化や社会課題解決などCSRを実践するためのプラットフォームの役割を果たすべきだ。

前田 顧客の時代にいかに企業価値を向上させるかが今回のテーマだったが、顧客接点の拡充だけでなく、変革、創造、スピードを伴う企業価値向上のためのさまざまな施策が重要だということがあらためてわかった。企業活動の基盤になるCREについても、これらの観点を踏まえながら、より戦略化していくことが重要になる。

企業の存在意義とは社会的価値創出にあるべき 百嶋氏

保科 実 (ほしな・みのる)

セールスフォース・ドットコム 専務執行役員 チーフ・トラステッド・パートナー

2008年に同社入社後、専務執行役員としてアライアンス、セールスエンジニア、コンサルティングサービス、サポートなど多岐にわたる部門を統括。日本郵政グループ、エコポイント、トヨタフレンドなどのプロジェクトマネージャーとしてプロジェクトを成功に導く。13年以降はVAR(付加価値再販パートナー)、OEM・ISVパートナーなどを含むアライアンス事業を率いて、現在に至る。

保科氏

南黒沢 晃 (みなみくろさわ・こう)

ジャフコ 事業投資部長

1973年生まれ。事業会社、投資ファンド、証券会社などを経て、2011年にジャフコ入社。同社の事業投資部にて、事業承継、事業再生、大企業によるカーブアウトなどへのバイアウト投資を統括。自らも買収交渉から資産の管理・運用、投資資金の回収戦略に至るまでを一貫して手掛け、多数の会社の取締役に就任。PE投資以外に、ディストレス投資・不動産投資の実績も豊富。

南黒沢氏

百嶋 徹 (ひゃくしま・とおる)

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員/明治大学経営学部 特別招聘教授

1985年野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント出向を経て、98年ニッセイ基礎研究所入社。2014年より明治大学経営学部特別招聘教授。企業経営を中心に、産業競争力、産業政策、イノベーション、CRE(企業不動産)、環境経営・CSRなどが専門の研究テーマ。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努めてきた第一人者。

百嶋氏

前田 茂充 (まえだ・しげみつ)

三菱地所リアルエステートサービス 情報開発一部長

1968年生まれ。92年リクルート入社。01年起業、不動産コンサルティング会社を経て、2007年三菱地所リアルエステートサービス入社。CRE戦略立案及び実行支援業務に携わる。CRE戦略支援システム「CRE@M」を活用し、CREにおける課題抽出から実行に至る工程を着実に推進。

CRE@M
前田氏
基調講演「消費者と企業の関係が変われば、企業の「質」と存在価値も変化する」

(本コンテンツは11月22日付け日経産業新聞から転載したものです)

下記サイトでは、この模様をさらに詳しくご紹介

スペシャリストの智 vol.09