世界的な半導体不足が長期化している。各国でPCやスマートフォンなどのデジタル機器、自動車、産業機械などの供給が滞り、ビジネスや生活への多大な影響が続く。身近なところでも、給湯器の納期のめどが立たず、故障してお湯が使えず困っている家庭も少なくないと聞く。改めて現代社会における半導体の重要性を認識した人も多いのではないだろうか。
半導体は地政学上の「武器」にもなりうる。ウクライナ情勢に目を奪われがちだが、米国と中国の覇権争いが終わったわけではない。そうした国家間の争いに、経済や社会生活において極めて重要度の高い半導体の生産や流通を戦略的にコントロールすることで優位に立とうとする大国の動きがある。
本書『2030 半導体の地政学』は、地政学上の「戦略物資」としての半導体にフォーカスし、米国、中国、欧州、そして日本の動向をリポートしている。著者は日本経済新聞編集委員。
半導体への戦略的アプローチに、最も前のめりといえるのが米国だ。インテルなどの半導体メーカーから製造を受託する企業は「ファウンドリー」と呼ばれるが、その世界最大手が台湾のTSMC(台湾積体電路製造)。2020年5月にTSMCは、米国のアリゾナ州に工場を建設する計画(2024年操業開始予定)を発表した。米国政府から強力な働きかけがあったと見られている。
本書によると、米国の狙いは明白だ。米国には設計に優れた半導体メーカーは多数あるが、有力なファウンドリーがないという。そこでTSMCを誘致し、米国内でサプライチェーンを完結させようとしているのだ。また、TSMCを追いかけて、後工程の企業や素材メーカーなどのアリゾナへの進出も期待できる。それにより、TSMCを中心に半導体のエコシステムを築ける。
時を同じくしてインテルもアリゾナに新工場を建ててファウンドリー事業に参入。さらにTMSCに次ぐファウンドリーでもある韓国のサムスン電子も、米国政府に促されてテキサス州に新工場を建設する。著者は、これらの動きにより、米政府の影響下にある企業が世界の半導体製造の8~9割を支配することになると見ている。
実は半導体に関しては、日本でも興味深い動きがある。東京大学とTSMCが協働し、次世代の半導体技術の研究が始まっているというのだ。拠点は2019年10月に発足した東大のシステムデザイン研究センター(d.lab)。このプロジェクトには多数の企業が参加しており、実用のアイデアを出し合っているのだそうだ。
企業ニーズをうまく取り込めば、実用性の高い研究開発が期待できる。意外と早く日本の半導体技術が再び世界をリードする日が来るかもしれない。米中欧の動きを注視しながら、成果を待ちたい。