会議や交渉の場で、自分の主張に気をとられ、相手の話をなおざりにする。あるいは家族と過ごす時間、相手の何気ない話の途中でスマートフォンに気を取られ、上の空になる。いずれも「聞く」ことの軽視だ。私たちはふだん、「聞かなかった」ことによって成長の機会を逃したり、大切な人間関係を危険にさらしたりしているかもしれない。
本書『LISTEN』は、聞くことについて、その意味や価値、人間関係に与える影響などを、ビジネスや家庭など多方面から考察する書である。著者のケイト・マーフィ氏は、ニューヨーク・タイムズやエコノミストなどに寄稿するジャーナリスト。多くの人々にインタビューをしてきた、聞くプロだ。
「LISTEN」には、能動的に「耳を傾ける」という意味がある。監訳者の篠田真貴子氏は、その中にも、自分の頭の中で判断しながら「聞く」姿勢と、判断を留保して話し手の感覚に意識を同調させる「聴く」姿勢の二つがあるとし、訳し分けている。
相手の話をよく聴くには、どうしたらいいのか。ある研究では、聞き手がうなずいたりオウム返ししたりする場合より、意味づけと解釈を伝えた方が、話し手は「理解してもらえた」と感じることがわかったという。例えば、友人から仕事を「クビになった」と言われたとき。もちろん状況によるが、「家族に話さないといけないんでしょう? つらいね」といった具合に、相手の悩みを感じ取って代弁する。聴くとは必ずしも受け身ではなく、解釈して反応を返すという、能動的な行動を含むのだ。
ビジネスシーンにおいても、聴くことは重要なようだ。近年、生産性の高いチームの要素として注目を集める「心理的安全性」。この概念を広めたグーグルの調査によると、生産性の高いチームは、各メンバーの発言量が同じくらいだという。また、声のトーンや顔の表情など非言語的な手がかりから、相手の感情を読み取る能力が高い。著者はこれを、つまり「聴きあって」いるのだと言い換える。
また、ビッグデータを活用した定量的なデータより、聞く・聴くことを通じた定性的な調査が有効な例もある。掃除の達人を集めたフォーカス・グループで、一人が、洗って何度も使える雑巾のかわりにペーパータオルを使うと「罪悪感」を感じると語った。モデレーターが詳しく聞くと、彼女は罪悪感を薄めるため、一度使ったペーパータオルを床に撒き、足で汚れを拭くと話した。そこから、モップ型で、床拭き専用のシートを汚れるまで使い切ってから取り換える掃除グッズが生まれ、大ヒット商品に育ったという。
じつのところ私たちは、聞くことを通して多くのものを得ている。にもかかわらず、一生懸命に他人の話に耳を傾ける機会は、思いのほか少ない。本書は、聞く・聴くことの実践のポイントと同時に、その価値の大きさを教えてくれる。