私たちはVUCA(ブーカ)の時代を生きていると言われて久しい。未来のシナリオを描くことが困難な現代社会において、人々が求めるのは新しい世界を知る手がかりである。
それを与えてくれるのが、本書『不安に克つ思考』だ。経済学者のトマ・ピケティや、行動経済学者のダニエル・カーネマン、ノーベル賞作家のカズオ・イシグロなど、世界の賢人19人がそれぞれの立場から新しい世界の兆しを語る。本書は、オンラインメディア「クーリエ・ジャポン」のインタビュー記事を、「コロナ禍と人間」「資本主義の諸問題」など6つのテーマで再構成したもの。
コロナ禍でいや応なく始まった在宅勤務も、次第にそのメリットに気づいた人が多いのではないだろうか。ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットンは、コロナ禍で変化した働き方の展望を次のように述べる。
オンライン会議はもちろんのこと、勤務時間を柔軟にシフトして働くスタイルはパンデミック後も続く。企業は、VPNやWeb会議システムをはじめとする様々なテクノロジーを受け入れ、通勤や出張を減らすことを前提としたビジネスのあり方を真面目に考えていかねばならない。1日8時間、週5日働くという常識が崩れてきていることを認識し、社員の多様な要望に柔軟に応えていくべきだと諭す。
その一つに、男性社員の育児支援がある。以前から育休や時短勤務を推奨する動きはあったが、コロナ禍でその風潮が強まったとグラットンは分析する。多くの男性が、在宅勤務をする中で子育ての喜びや必要性をより実感したようなのだ。彼らが抱いた家族への気持ちをどう尊重できるか、その対応が求められている。
意識改革を迫られているのは、企業ばかりではない。カナダ・マニトバ大学教授のバーツラフ・シュミルは、消費社会に慣れ親しんだ現代人に警鐘を鳴らす。彼は、エネルギー、環境変化、公共政策などを専門とし、著書はビル・ゲイツも愛読するという。
彼は「レス・イズ・モア」のスローガンを掲げ、消費をやめて無駄を削減すべきだと訴える。例えば先進国では、金やレアアースが使われた携帯電話が数年で捨てられている。また、そうした国で人気なのが、鉄やプラスチック、ガラスといった原材料をふんだんに使ったSUVなどの大型車だ。携帯電話や車など貴重な原材料を使う製品が、短期間で劣化するように設計する計画的陳腐化の文化をシュミルは問題視する。実のところ、物を長く使うというシンプルな取り組みが、資源の枯渇問題対策や脱炭素社会実現の糸口となる。しかし、消費することに慣れた私たちはそう簡単に変化しない。人間とはそういう生き物だとシュミルは嘆きながらインタビューを締めくくる。
私たちが不安を抱くべきは、先行き不透明な未来にではなく、利己的に行動しがちな自分たちの愚かさかもしれない。そんな賢人たちの心の声が聞こえてくる。