「スーツに見える作業着」をご存じだろうか。スーツのフォーマル感と作業着の機能性を兼ね備え、洗える点が感染症対策としても支持されている。異例のヒットとなったこの服、生み出したのが水道工事会社の社長というから驚きだ。
本書『なぜ、倒産寸前の水道屋がタピオカブームを仕掛け、アパレルでも売れたのか?』は、ワークウェアスーツ(スーツに見える作業着)事業を成功させたオアシスライフスタイルグループ代表取締役CEOの関谷有三氏が、ヒットの舞台裏をつまびらかにしたもの。
関谷氏が世に出したのはワークウェアスーツだけではない。家業である水道工事会社を立て直し、タピオカミルクティーで知られる台湾の老舗カフェブランド「春水堂」の日本展開を実現している。異なる業界で次々ヒットを生み出すことから、「令和のヒットメーカー」とも呼ばれており、本書にはそんな関谷氏の新事業を成功させるための考え方、経営哲学もふんだんに盛り込まれている。
スーツに見える作業着が生まれたきっかけは、社内ユニホームのリニューアルだった。関谷氏の会社では若い社員の採用に苦戦していたが、理由の1つに作業着の「ダサい」イメージがあった。そこで、ある女性社員がつぶやいた「スーツみたいなスタイルで作業できませんかね?」の一言で、コンセプトが固まった。
だが既製の生地では着心地と機能性のトレードオフをクリアできない。そこで、地方のメーカーと協力して新しい素材の開発に乗り出す。一年以上を経て、着心地と機能とのバランスが取れた生地を作り、スーツの完成にこぎつけた。すでに数千万円が開発に費やされており、周囲からの反応は冷ややかだったが、関谷氏はできた服に可能性を感じたという。ワークウェアスーツ(WWS)を主事業とする新会社を立ち上げたのだ。
WWSを採用している企業は800社(2020年12月時点)。コロナをきっかけに着飾るより機能性が服に求められるようになったことも、スーツのヒットを後押しした。
関谷氏の強みは、「PDCAをどれだけ速く、どれだけ継続的に回すか」を重視する姿勢に表れている。成功の大きさは、「PDCAの速さ×継続期間」に比例するというのが関谷氏のモットーだ。失敗してもそれは検証のひとつ。シミュレーションではなく徹底的に行動し続けることが、成功を引き寄せると説く。
スキル・人材育成についても、サイクルを高速に回す重要性が語られている。あるスキルを極めたら、仕組みを作って新人を教育し、自分のスキルやノウハウを渡していく。他者に任せるからこそ、自分はまた新たなことに挑戦できる。既存の成功に執着しない姿勢が、個人、そして組織の成長につながるのだ。
本書には水道工事の縁を生かして台湾へ行き、春水堂オーナーに直談判して合弁会社を立ち上げる経緯も明かされている。関谷氏のボーダーレスな活躍ぶりにわくわくする一冊だ。