米国はどこへ向かうのか。1月に大統領に就任したジョー・バイデン氏は、2009年から8年間のバラク・オバマ政権において副大統領を務めていた。直近、医療保険制度の拡充、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」への復帰など、ドナルド・トランプ前大統領が覆した施策を次々と復活、進展させている。
改めてオバマ時代を振り返れば、今後の米国の方向性が見えてくる。オバマ氏による本書『約束の地 大統領回顧録 Ⅰ 下』は、出生から大統領就任直後までを記した上巻に続き、中間選挙の大敗を経た2011年までが記される。国民との「約束」を果たすため、オバマ氏がたどった思考過程と決断の記録だ。
オバマ氏が大統領選で掲げた公約の一つは、医療保険改革だった。必要な人に医療を届けるという信念に基づき、法案可決に必要な票を集めるため、オバマ氏は手を尽くす。例えば、難しい立場の議員一人一人に電話をかけた。政治的駆け引きより、互いに政治を志したきっかけなどを話すうち、ある議員は「選挙で再選されるよりも、もっと重要なことがある」と語り、賛成票を約束したという。
結果として、法案は7票差で下院を通過。オバマ氏は、大統領選の勝利より、「約束」の果たされたこの日のほうに意味があったと振り返る。
気候変動対策も難題だった。将来に向けて、人気のない政策を今、導入する必要がある。環境活動家の示す基準は厳しい一方、守れない約束をしても意味がない。オバマ氏は、国民の支持を得られる有効な地球温暖化対策条約、それも各国が納得する落としどころを探る。2009年12月のコペンハーゲン会議において、エアフォースワンの離陸時間が迫る中、会議中の温家宝中国首相らの部屋に押しかけて説得し、合意案をひねり出す場面は痛快だ。
希望や寛容さに満ち、誰にでも開かれた米国は理想である。しかし、現実はきれいごとでは済まされない。2001年の同時多発テロ事件を引き起こしたアルカイダの指導者、オサマ・ビン・ラディンの抹殺はその例だ。オバマ氏は、モニター越しに、作戦の一部始終をリアルタイムで見守った。
米大統領は、外交や経済政策、対テロ、不法移民問題、メディア対応からホワイトハウスの人事まであらゆる問題に日々向き合い、走り続けていることに圧倒される。しかし、それらの中でも、重要な仕事は必ずしも目立つとは限らない。2009年の新型インフルエンザ対策によって、衛生上の危機への備えが築かれたことについて、オバマ氏は、「誰にも気づかれないところでの働きがときとして一番重要」と記している。評価されるためではなく、理想に向かうためにとる行動こそが、リーダーの仕事の本質ではないか。
世界が求め、国民が描く「あるべき米国」の姿こそ、「約束の地」なのだろう。世界情勢への理解を深め、未来を予測するためにも、一読の価値がある。