格差と分断に揺れる米国への理解を深めるうえで、必読の書だ。2009年から2期8年間にわたって同国大統領を務めた、バラク・オバマ氏の著書『約束の地 大統領回顧録 Ⅰ』(上・下巻)である。
この『回顧録 Ⅰ』は、大統領1期目途中の2011年ごろまでをまとめており、うち上巻は、幼少期から2009年の就任直後の数か月間まで。理想を追って政治家を志し、国政に進出。大統領選出馬を決断し、熾烈な選挙戦をこなした末、47歳の若さでアフリカ系アメリカ人初の大統領に就任。さらに、そこから続く激務の日々が、記される。
オバマ氏は、ケニア人の父とスコットランド系アイルランド人の血を引く母の間に生まれた。その生い立ちもあって、自分は米国における黒人・白人間の分断の「懸け橋」になれると考える。選挙戦中は、黒人に対する偏見から、史上類を見ない件数の脅迫にさらされたという。しかし国民は、人種や社会・経済階層の垣根を越えた団結を訴えるオバマ氏に熱狂し、最終的に大統領に選んだ。
読み応えがあるのは、選挙戦中から始まっていたサブプライム住宅ローン問題を発端とする金融危機への対応だろう。ウォール街は大混乱に陥り、大手自動車メーカーは破綻の危機に直面。莫大な数の失業者が発生し、さらに増えようとしていた。オバマ氏は、経験豊富なメンバーで経済担当チームを編成し、議論を重ねて政策案を練る。そして「アメリカ復興・再投資法(復興法)」案の可決に向け、反対派議員を口説くなど奔走。就任後約1カ月という早さで成立させた。もっとも、理想通りとはいかず、議会を通過させるために行った「時代遅れ」な政治的駆け引きも詳述している。
その後も、金融機関のトップらと会って状況を正確に判断し、政府による援助など次々と決断を下して危機を乗り越える。オバマ氏は、この時の危機対策がいまだ論争の的となっていることに触れつつも、「視点を絞って見る限り、私たちが出した結果には文句のつけようがないはずだ」と自信を見せる。
大観衆を前にした演説やエアフォースワンの乗り心地など、大統領の日々は華々しい話題に事欠かない。一方、オバマ氏は家族との日常を愛し、妻との何気ない会話を楽しみ、娘たちにベッドで物語を読み聞かせたりする。また、庶民の生活に目を向け続けた。大統領あてには、経済的な理由で大学を中退した学生、路上生活者になる不安を訴える女性などから、日に1万通もの手紙やメールが届くという。オバマ氏は、その一部をスタッフに選ばせ、読むことを日課としていた。
本書には、要職の人事やイラクからの撤退などについても、決断の背景やプロセスが詳細に記される。同時多発テロ後、世界における米国の立ち位置は変化を続けてきた。その間の内幕の記録として、貴重な資料といえるだろう。同時に、超大国の大統領も一人の人間であることを、生々しく感じさせる一冊だ。