新型コロナウイルスの感染が世界で拡大した昨年、台湾は、早期にこれを抑え込んで注目された。デジタル技術の有効活用が一因とされ、例えば、官民連携で立ち上げたマスクマップでは、各店舗の在庫をリアルタイムで把握でき、国民は効率的にマスクを購入できた。
台湾の行政や政治のデジタル化を主導してきたのが、いまや「IT業界の世界的異才」と注目されるオードリー・タン氏である。18歳で米国に渡って起業後、米アップルのデジタル顧問としてSiriの開発などに携わった。2016年、史上最年少の35歳で台湾の行政院(日本でいう内閣)に入り、現在までデジタル担当政務委員を務める。
本書『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』では、自らの半生を振り返りつつ、デジタルやAI(人工知能)によって「公益を実現する」という持論、デジタル民主主義の可能性、ソーシャル・イノベーションなどについて、平易な言葉で説いている。
デジタルは、私たちの暮らしを変えた。著者は、デジタルの有効活用によって社会は進展すると述べる。コロナ対策のせっけんを使った手洗い、アルコール消毒は、それ自体をデジタルに置き換えることはできない。が、デジタルを使えば、せっけんやアルコールの使い方や有効性を、より広く早く人々に伝えることができる。
AIについていえば、AIに仕事を奪われるなどの懸念の声がある。しかし、AIは「人間をどの方向に連れていくか」をコントロールするものではないという。気候変動の対策であれば、二酸化炭素の排出量を減らすという人間の目指す方向があり、そのために、いかにAIを役立てるかが重要になる。
デジタルはまた、多くの人々が、一緒に社会や政治のことを考えるツールになるという。一例が、2016年に著者らが開設した参加型プラットフォームの「Join」だ。生活の中の問題を解決するアイデアを、誰でも提案できる。1000万人超のユーザーがおり、これまでに、医療サービス、公衆衛生設備、公営住宅建設などについて2000件以上の政府プロジェクトが議論された。政府と国民が双方向に議論し、小さな声にも耳を傾けられることは、デジタル民主主義のメリットという。
本書には、「誰も置き去りにしない」とか、「インクルージョン(包括)」という言葉がたびたび登場する。都市と地方、若者と高齢者、マイノリティー、どちらも、誰も、置き去りにしない。これは、著者の考える民主主義のあるべき姿であり、それに向けてテクノロジーをいかに使うかを考える。著者の思考の背景には、台湾に根付く価値観と同時に、集団生活になじめなかった過去や、性的マイノリティーに属する境遇も影響しているかもしれない。
デジタルやAIを語ることは、つまり、私たち自身が「どんな未来を生きたいか」を語ることだ。未来が不透明だといわれる今、本書は、多くの示唆を与えてくれる。