インドと聞いて思いつくのは「カースト制度」や「象使い」――そんな私の乏しいイメージを塗り替えてくれたのが本書『日本人とインド人』だ。やり手のビジネスパーソンであり作家、戯曲家として活躍するインド人著者が、あまり知られていない「インドの実情」について、日本とインドを比較しながらエッセイの形でまとめている。現在のインドは外国資本を受け入れ国内が大きく発展しており、日本の明治維新後に似ているそうだ。インドと日本、ともに学びあう部分があるのではないか、というのが本書のメッセージになっている。
著者のグルチャラン・ダス氏は「ヴィックス ヴェポラッブ」を製造するメーカーのインドの現地法人リチャードソン・ヒンドスタンの会長兼最高経営責任者を務めた経験があり、現在は「ウォールストリート・ジャーナル」などにも寄稿する知識人。本書の構成を担当した野地秩嘉氏はダス氏のことを「インドの福沢諭吉」と呼んでいる。
日本よりもインドが進んでいる点としてダス氏が挙げるのが「デジタル化」だ。インドには「アドハーシステム」という国民識別番号制度がある。指紋、顔、虹彩の認証を組み合わせて本人確認を行うものだ。インド人口の90パーセント以上、つまり約12億人が情報を登録し、身分証明書カードを受け取っている(5歳以下は登録不可)。これにより、膨大な人口を有するインドでも本人確認が簡便になり銀行口座を持つ人も急増。税金の支払いや還付もオンラインで完結し、会社の登記も3日で済む。また、不正や賄賂なども減少したそうだ。
アドハーを活用した金融サービスも積極的に試みられている。インド政府と中央銀行を運営主体とする、アカウント・アグリゲーターという新制度が2020年春頃から始まっているそうだ。個人の資産状況をクラウドに保存し、必要なときに個人の指示で金融機関からアクセスさせるというもの。借り手はいちいち銀行を訪ねなくてもよく、貸し手は信用の審査が短時間で終わる。欧米では扱いが規制される方向にあるが、インドでは個人情報をどんどん活用しようという潮流があるようだ。政府に限らず、アドハーを活用した金融サービスのベンチャー企業なども、続々と誕生しているという。
インドはもともと木綿の製造で大きくなった国だ。この点、ものづくりで発展してきた日本とよく似ている。だが、インドは製造業ではなく、金融やITサービス業で成長する方向へ舵を切りつつある。
インドも日本も、製造業ではなく金融やITなど大きな意味でのサービス業が成長の軸になると著者は説く。なぜなら、インドと日本はもともと「サービス」への意識が高いからだ。「お客様は神様です」という言葉は、実はインドでは古くから知られるサンスクリットのことわざでもある。そしてこの言葉を知っているのは世界でもインド人と日本人だけだというのだ。
本書は他にも、インド人の大好物は玉ねぎでなぜか輸出が禁止されている、など、意外なインドの素顔を知ることができる。多様性を持ちつつ激変するインドからは学ぶべきところが多いだろう。