新型コロナウイルスに関連して、自粛ということばが頻繁に使われている。同時にSNSなどでは、自粛していない人を非難する投稿も目立つ。周りからの圧力を感じて、自分の行動を決めているという人も多いだろう。自粛とは本来、自ら進んで行動を慎むことのはずだが、実態は大きくかけ離れていると言える。これは、日本人特有の「空気を読む脳」のせいかもしれない。
本書『空気を読む脳』は、自粛や忖度(そんたく)といった、日本人に特有と言われがちな「周りを見て行動を決める」ことがなぜ起こるのか、脳科学、遺伝学の視点から説明を試みたものだ。著者はTVコメンテーターとしても活躍する脳科学者、医学博士、認知科学者の中野信子氏。
2018年のサッカーW杯では、日本チームが決勝トーナメントで敗れ、史上初の8強入りを逃してしまった。ところが負け試合への批判よりも、選手やサポーターがゴミを片付けて会場をあとにしたことが大きく報道された。他にも忠臣蔵など、「美しく負ける」話に日本人は惹かれがちだ。
著者はこの現象に、日本人の脳の特徴がよく表れているという。日本人の脳は遺伝的に、セロトニン量を調整するたんぱく質であるセロトニントランスポーターが少ない。セロトニンとは精神を安定させる物質だ。このため、日本人は不安を感じやすくなり、それを和らげるために集団意識や協調性が高くなるのだという。さらに集団への配慮や共感性、利他行動は、一般に「社会脳」と呼ばれる領域がコントロールしているとわかっていて、そこにある内側前頭前皮質は「自分の行動が正しいか間違いか善なのか悪なのか」を識別するほか、「美しい、美しくない」も判断する。このため、日本人は、自己の利益や勝敗を超えた、社会に協調的な振る舞いを「美しい」と評価する、ということらしい。
しかし、日本人に多いセロトニントランスポーター量が少ないタイプの人は、別の研究で、報復性が高いこともわかってきた。協調的で美しい振る舞いをしない人に、仕返しをしたい気持ちが強いのも日本人の特徴といえる。日本人の報復性は、近年の不倫バッシングにもよく表れているだろう。
日本人はこのように、遺伝的・脳科学的に社会との協調を重視する素質があるが、社会性をあまり考えずに済み、個人の興味でもって取り組むような分野では、大きな独創性を発揮するのだという。
例えば「イグノーベル賞」。これは「愚かなノーベル賞」の意で、ユニークで独創性の高い研究や発明に対して贈られる賞だ。日本人はイグノーベル賞の受賞者が多く、近年では13年連続で受賞している。ちなみに、2019年に日本人が受賞したテーマは「5歳児の1日の唾液生産量の推定」だったそうだ。社会の常識に合わせなければ、という意識を緩めたり集団から離れることが、日本人の創造性のカギなのだろう。
本書では他にも、不安傾向の高さが健康長寿につながるなど、「空気を読む」脳ゆえの弱みと強みが紹介されている。自分の脳の特徴を知っておくことは、よりのびのびとした生活を過ごすためのヒントになりそうだ。