約2500年も前に書かれた兵法書の古典『孫子』が、現代のビジネスに活用できる。そう言われても、あまりピンとこないかもしれない。だが『孫子』は孫正義やビル・ゲイツをも愛読者にもつ、現代ビジネスに有用な指南書でもあるのだ。
本書『もし孫子が現代のビジネスマンだったら』は、現代に降臨した「孫子課長」のアドバイスという形で「孫子の兵法」のエッセンスを紹介し、具体的なビジネスシーンでの活用法を伝授している。著者は現代ビジネス兵法研究会代表を務める安恒理氏だ。
『孫子』でも有名な文言「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」。勝つために最も重要なのは、自分と相手の「情報」をつかむこと。ビジネスでいえば、自社の実力の把握、市場や競争相手の情報獲得が大事ということだ。
孫子課長は、規模拡張用の土地をB社から購入しようとしているA社の例を紹介する。土地を所有するB社はできるだけ高く売りたいが、A社は安い金額で買い取りたい。「次の交渉相手もいる、これ以上の値下げはできない」と主張するB社。だが、A社が「ではあきらめます」と伝えると、B社は一転、あっさりA社の条件を呑んだ。勝因は、A社の担当者の徹底的なリサーチにあった。現場に足を運び、実際には「次の交渉相手」などいないことをつかみ、B社の経営状態が思わしくないことも調べ上げ、さらに別の候補地も探していた。こうした入念な情報収集が背景にあって、A社は強気の交渉に出られたのだ。
『孫子』は、実は究極の勝利とは「戦わずして勝つ」ことである、とも説いている。そのためには、相手のフトコロに飛び込み、うまく敵の力を利用するのだ。
孫子課長はある自動車の営業マンの例を引き合いに出している。ライバル会社になかなか勝てなかったその営業マンは、なんとその会社の営業マンに自ら接触して「私が回ったところのお客様の知り合いが、御社のクルマを欲しがっています」と申し出たのだ。最初は驚いていた相手もそのうち警戒心を解き、逆にその営業マンの会社のクルマを欲しがっている人を紹介してくれるようになった。営業マンは、ライバル会社を相手取って戦うのではなく、敵の強力な営業網をそのまま利用して、業績を上げることができたのである。
なぜ『孫子』は現代のビジネスに役立つのか。著者は、この兵法書が「人間の心理の機微を見事にとらえている」からだと説く。戦争もビジネスも人間の営みであり、時代が変わっても人間の本質はそれほど変わらない。目の前の悩みや苦しみも、かつて誰かが同じ思いをしながら乗り越え、その経験を後世に伝えてくれている。そう考えると、一見よそよそしく難解と思われがちな古典が、たいそう頼りがいのある先達に見えてくるのではないだろうか。