発明王エジソンは、電球を発明する際に1万回失敗した。だが彼は、「失敗ではなく1万通りのうまくいかない方法を見つけた」と考えた。その姿勢が彼を成功に導いた。
本書『人はだれでもエンジニア』(北村美都穂 訳)は、エンジニアリング(工学)の核心は失敗にあると説く。そして、エンジニアたちが失敗をバネに、いかにしてその時々の技術水準を大きく超えた前進を果たしてきたのかを、豊富な事例とともに紹介する。
著者は土木工学、失敗学を専門とする大学教授。本書は1980年代に出版された古典的名著の新装版。
著者は、エンジニアリングとは仮説であると言う。設計された新しいビルや橋などの構造物が安全であるとは、さまざまな力がかかったときにそれらが破損しないことを意味する。しかし、その力の全てを設計時に予測することはできない。
街の景観を左右する構造物には、安全性や経済性はもちろん、優雅さも求められる。例えばアメリカ・ワシントン州の本土とオリンピック半島を結ぶ最初のつり橋であるタコマナローズ橋は、他の場所で交通を支え、かつ風の負荷にも安定していた多くのつり橋よりも、橋桁の厚さを減らした細くて優美な設計となった。設計上はそれで自重と想定される交通量を安定して支えられるはずだった。
だがこの橋は、秒速18メートルという横風にあおられ崩落した。これはまったく想定外だった。橋の中央部があたかも、乱気流に遭遇して制御不能に陥った飛行機の翼のような挙動を起こしたのだ。破損の検証の結果、同様の危険性を持つ全てのつり橋に、横風に対する補強が施され、以後の新たな橋の設計には飛行機さながらの風洞実験がなされるようになった。
タコマナローズ橋のこの事故は、エンジニアリングの歴史上最も目立った失敗の一つとされる。だがおかげでそれ以降の世代のつり橋の安全性は向上した。エンジニアリングは、このような成功と失敗の間の絶え間ない相互作用を通じて発展してきたのだ。
エンジニアリングは、これまで存在しない何物かを生み出す創造的行為。新しいモノを設計しコトを構想するためには、エンジニアの経験と知識のみならず想像力の飛翔も求められる。
著者はその意味で人間はみなエンジニアだという。われわれ人間は骨肉の中に機械や構造物の原理を内蔵している。そして、何度も転んだり、失敗を重ねながら、歩くことを学び、さらには野球やサッカーのボールを正確に捉えることまでもできるようになる。さまざまな可能性を想像し、身体という構造物を活用してそれに挑戦し、失敗を重ねながら進歩することが、人間の本性に埋め込まれているのだ。
5月4日の宇宙ベンチャー、インターステラテクノロジズ社のロケット打ち上げ実験が成功したとのニュースは記憶に新しい。何度もの失敗を乗り越えた末の成功。次なる飛翔に胸を躍らせるすべての人の心の中に、エンジニアの心は息づいている。