グーグルが初めて買収した日本企業をご存じだろうか? それは、東大発のヒト型ロボットベンチャー「シャフト」だ。日本のベンチャーキャピタル、中央官庁などから資金調達の協力を得られていなかったこのベンチャーの全株式を、2013年、米国のグーグルが買収した。このとき中心的な役割を果たしたのが、シャフトの取締役CFO(最高財務責任者)だった加藤崇氏。本書『クレイジーで行こう !』の著者である。
加藤氏はシャフトを売却した後、米国に渡って新たなテーマを見つける。それが水道管だ。本書では、異国の地でたった1人でスタートアップを立ち上げ、成長させるまでの悪戦苦闘の日々を、加藤氏自らがつづっている。
米国の水道管は老朽化が深刻で、大きな社会問題となっていた。数十年以内に100兆円を超える設備投資が必要とされ、そのためには米国全土で水道料金を3~4倍に上げなくてはならない計算だった。さらに現地の水道公社が持っている技術では、どの配管がどれだけ劣化しているのか、という予測精度が非常に低かったという。
この課題解決をターゲットにした加藤氏は、はじめはロボットを使って配管のデータを取得しようと考えていた。しかし、問題の本質を考え続けるうちに、ソフトウエアのほうへ舵(かじ)を切る。副社長のラース氏をはじめとする少数精鋭のメンバーと共に、「フラクタ」というベンチャーを立ち上げ、AIの機械学習を組み込んだ上下水道配管の劣化予測に関する分析ソフトウエアサービスを開発したのだ。
フラクタの技術は画期的で、注目を集めていた。2018年には、「水道業界で最もイノベーティブなスタートアップ」の世界第2位に選ばれた。そして同年、世界の水処理大手である日本企業・栗田工業による“逆輸入的”M&Aが実現した。
本書で語られるのはフラクタ立ち上げからこの劇的な買収に至るまでの3年間だ。思い入れのあるロボットを捨て、事業内容を変える決断。文化の違う米国人との交渉。自分たちのサービスが理解されるだろうかという焦燥の中、資金調達に忙殺される日々。まるでジェットコースターのような時間を過ごしてきた加藤氏にとって、栗田工業への売却は見事なハッピー・エンド、と言えなくもない。
ところがこのM&Aの直後、加藤氏が仕事に手がつかなくなってしまったというエピソードは印象的だ。出資者を得て燃え尽きてしまったからではない。周囲の賛辞をよそに、加藤氏は自問自答するのだ。自分は、どうしてフラクタを始めたのか。株を売ってキャピタルゲインを得るためなのか。
加藤氏が目指すのは「社会益」だという。フラクタは、まだ使える水道管を生かし、人々の暮らしを支えることができる。でもまだ道半ばだ。さらに、現代は問題があふれている。男尊女卑、権威主義、既得権益……、テクノロジーの力でこれらの社会課題を解決したいのだ、と再び意欲をたぎらせる加藤氏。今後はフラクタの技術をガスや鉄道などへ応用することも考えているようだ。その姿に、「少年よ、大志を抱け」という言葉が重なる。大志を持ち続ける限り、加藤氏の偉業はまだまだ続くだろう。