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今月の『視野を広げる必読書

『会計の世界史』-イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語

ビートルズの楽曲を買ったマイケル・ジャクソン、買い逃したオノ・ヨーコ

『会計の世界史』
 -イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語
田中 靖浩 著
日本経済新聞出版社
2018/09 424p 2,200円(税別)

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 前職で、事業投資案件の意思決定に立ち会った。立ち上げたばかりの組織で予算は厳しく、収支トントンと見込まれる事業にリスクテイクしてまで参入すべきでないと周囲は諌(いさ)めたが、トップは反対を押し切り断行した。それが今では組織を支える事業へと成長した。当時のトップは事業の意味を深く理解し、将来の価値が見えていたのだろう。

 会計は、人によって異なる価値観を、お金に換算して扱うものだが、会計は価値をどのようにデザインしてきたのだろうか。本書『会計の世界史』は、簿記、財務会計、管理会計、ファイナンスといった価値をデザインする手法の変遷を、3枚の名画、3つの発明、3つの名曲というアートな切り口で迫る1冊だ。

 著者の田中靖浩氏は、公認会計士で、産業技術大学院大学客員教授でもある。

自分の楽曲の演奏に著作権料を払うアーティスト

 本書で価値認識の相対性を示すのは、ビートルズの楽曲の権利が取引された事例だろう。デビュー当時、「楽曲の権利を会社に譲渡する」と書かれた契約書にうっかりサインしてしまっていたポール・マッカートニーは、後年になって2000万ポンド(当時のレートで90億円、以降換算は当時のレートによる)で買い戻そうとした。だが共同購入者のオノ・ヨーコは500万ポンド(約22億円)に値切ろうとして交渉は決裂。数年後、5300万ドル(130億円)を提示したマイケル・ジャクソンが手にしてしまった。

 ヨーコは、自分たちの曲にお金を払うことはおかしいとコストに注目して約22億円と主張した。対して、マイケルは、ビートルズの曲は130億円以上のお金を稼ぎ出すと考え、リターンの価値に着目したのだ。

 リターンに着目するのは「コーポレート・ファイナンス」と呼ばれ、(1)会社買収後に生み出すお金を見積もり、(2)その額を現在の価値に置き直すという2つのプロセスを経る。著者によると、この手法は過去の取引を記録する従来型の会計から、未来の価値に目を向けた会計への転換だという。背景には、過去にかかったコストではなく、未来のリターンに着目して現在の企業の価値を決める時価評価の考え方が台頭したことがある。また、人材、ノウハウなど、貸借対照表に計上されない無形の価値資産が重要となる情報化社会が登場したことも見逃せないという。

 冒頭の事例の新規事業の内容は、人材サービスの展開だった。周囲は、収支トントンとの評価に基づき判断したのに対し、トップは将来のリターンを予測していたのだろう。

会計が作ってきた価値の哲学

 ビートルズを生んだリバプールは、世界初の鉄道会社であるリバプール・マンチェスター鉄道が生まれた地であり、鉄道会社は「減価償却」を生み出した会計の変革者でもある。鉄道は多額の投資が必要だが、「収入-支出=収支」では、投資のための支出が多い期は赤字となり出資者間の配当は不公平となる。そこで、投資支出を線路などの資産の耐用年数にわたって分割計上する減価償却が考え出された。

 このように会計の歴史とは、会計手法の変遷だけでなく時代を反映し価値をデザインするための会計哲学の歴史である。近年、無形の価値が重視される情報社会(Society4.0)に続き、AI、IoTなど次世代の技術革新によって経済発展と社会的課題の解決を両立する「Society5.0」が提唱されている。もしかすると、次の500年を変える新たな会計手法がデザインされる時代に立ち会っているのかもしれない。

 聞き慣れた人名やエピソードを軸にすると、お堅いイメージの会計も変わるだろう。本書は肩肘張らずに会計の歴史が楽しめる1冊だ。帯にある「会計エンタテインメント」の言葉は伊達(だて)ではない。

情報工場 エディター はら すぐる

情報工場 エディター はら すぐる

香川県出身。現在、地方大学の経営企画部門で事務職として働く。財務会計システムから得られる会計情報と、業務上の報告書やそのバックデータといった非会計情報の関係付けに“たゆたう”日々。時々ワークショップを開催し、人材育成を行うことも。職業柄、人文、社会、自然と分野を問わず関心を持つように心掛けているので、読書の分野も様々。漫画も好きで、苦手な分野はとりあえず漫画から入ることにしている。

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