2018年8月の『押さえておきたい良書』
ニュースで米国の電気自動車(EV)メーカー「テスラ」の社名はよく聞くが、日本の街中でテスラの実車をよく見るなあと感じる人はまだ少ないだろう。そんな同社の株式時価総額は売り上げ規模10倍以上のゼネラルモーターズ(GM)と拮抗している(2018年7月時点)。その背景に何が潜むのか?
そんな疑問も本書『2022年の次世代自動車産業』を読めば氷解するかもしれない。技術革新に伴って大きく変貌しようとしている国内外の自動車産業の現状を様々な視点から分析し、その未来像を描き出している。
著者は、立教大学ビジネススクール教授。株式会社マージングポイント代表取締役社長。豊富な経営コンサルタントとしての経験を生かして雑誌やウェブメディアでも活躍中である。
次世代自動車産業のプレーヤーたち
単なる移動手段ではなく、乗る楽しみがあり、ライフスタイルや先端技術の象徴でもあるクルマは、日本の誇りであり文化だ。その屋台骨である自動車産業が、今、新たな「生きるか、死ぬか」の戦いに直面しているという。
しかも、ライバルはテスラだけではない。グーグルやアマゾンに、ライドシェアのウーバー、中国のグーグルといわれる百度(バイドゥ)等々、テクノロジー企業が続々と参入している。彼らの視野には自動運転・EV化を通じたクリーンエネルギーによる移動システム構築や都市デザインの変革がある。
EV化は自動車業界への参入障壁を破壊する。ガソリン車は吸排気に点火・冷却系など多数の部品で構成されるため、業界構造は完成車メーカーを頂点とする系列部品サプライヤーからなる垂直統合型だ。対するEVはモーターと電池にインバーターとシンプルな構成だ。モジュール単位の分業が前提で「クルマ×IT×電機・電子」の異業種間の水平連携型になる。
日本では、車線の保持等の運転アシストから自動運転を実用化していく流れだが、他国の新規参入者たちは、いきなり完全自動運転を目指しているという。車内にはハンドルやぺダルはなく、「ただ、話しかけるだけ」で、目的地に到着。周囲の交通状況や利用者の意向を的確に察するAIによって、人の運転より安全で快適な移動手段の提供を目指している。
その実現には交通状況を収集する3次元画像処理用の専用半導体に加え、クラウドでデータ分析・判断をするために高速・大容量かつ低遅延の5Gデータ通信環境も必要だ。完全自動運転ではクルマは多数のクルマと連携するモビリティーシステムの中で走る。そうなると完成車メーカーが製造する「車両」は、巨大システムの一部にすぎない。
出遅れた感のあるトヨタの追撃はあるか
では、誰がこの巨大システムの構築を主導するのだろうか?
本書によれば、各国プレーヤーの次世代に向かうミッションは明確だ。バイドゥは中国の威信を背負って、自動運転プラットフォーム「アポロ」を世界中からパートナーを集めて構築中だ。テスラは地球環境の破壊を遅らせ人類を救済するために、クリーンエネルギー事業への展開を始めた。グーグルは人々がもっと安全かつ気軽に出かけられ、物事がもっと活発に動き回る世界を創るべく、完全自動運転車の配車サービスを実証実験中だという。
一方、トヨタは2018年に「モビリティ・カンパニーへの変革」を宣言し、EV・シェアリング・自動運転を取り込んだモビリティ・サービスの提供を目指している。一昨年に同様の宣言をした高級車の代名詞「ベンツ」の独ダイムラーは、300万人のカーシェアユーザーを獲得するなど、ソフト面でも先行。同業にも後れをとった豊田章男社長の危機感はすさまじい。
「勝つか負けるかではなく、生きるか死ぬか」
そして、オールジャパンの盟主として、系列の枠を超え、全方位戦略で異業種をも巻き込む連携を加速する一方、千人規模で外部技術者を採用し、追撃を開始しているという。
著者は、この戦いを少数が多数を凌駕(りょうが)する桶狭間の戦いに見立て、日本勢の覇権獲得の道を最終章で論じている。このような100年に1度の大改革は自動車業界に限らない。フィンテックなど新テクノロジーで屋台骨の揺らぐ産業は数多い。本書を参考に自分たちの業界の活路も考えてみたい。
情報工場 エディター 鵜養 保
東京都出身。国際基督教大学教養学部理学科卒、INSEAD MBA。新生銀行グループで事業戦略の立案・実行に携わる傍ら、副業解禁とともに情報工場にエディターとして参画。本業ではノンバンクのM&Aが専門。国産の旧車のレストアが趣味。田舎のガレージで自らエンジンの分解・組み立てをこなす、昭和のスバル車のコレクターでもある。