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2018年7月の『押さえておきたい良書

『声のサイエンス』-あの人の声は、なぜ心を揺さぶるのか

相手の心を動かすためには、話す内容より「声」を磨け!

『声のサイエンス』
 -あの人の声は、なぜ心を揺さぶるのか
山﨑 広子 著
NHK出版(NHK出版新書)
2018/04 256p 820円(税別)

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 こんな経験はないだろうか。相手はもっともなことを話しているのに、心に響いてこない。あるいはこちらが誠意を尽くして話しているのに相手に伝わらない。逆に、大した内容が語られているわけでもないのに、なぜか引かれて納得してしまう。

 本書『声のサイエンス』によれば、それは私たちが、ともすれば語られている内容ではなく、声によって心が動かされることがあるからなのだという。確かに声のいい人の言葉には、不思議と説得力がある。本書は今まで知られていなかった「声」のメカニズムを解き明かし、その驚くべき力を生かすとっておきの方法を伝えている。

 著者は、認知心理学をベースに人間の心身への音声の影響を研究する、音楽・音声ジャーナリスト。

声の魅力の秘密とは?

 声が人の心を揺さぶる理由は、聴覚と脳のしくみにあると著者は言う。言葉を伝える声という「音そのもの」は、人の大脳の奥深くにある大脳辺縁系に到達する。ここは危険を察知し、快・不快を判断する領域だ。自律神経系を管理し、ホルモンを分泌し、身体のさまざまな器官に影響を与えている領域でもある。声という音はここを刺激して、好き、嫌いといった本能的な感情を引き起こしながら、心身に影響を及ぼしているのだ。

 本書によれば、声を形成するのは、体格や骨格などの先天的な要素が2割で、8割は生育環境や性格や心身の状態である。例えば顔をしかめれば声は暗くなるし、疲れていれば言葉の出だしが擦れる。こうした情報を、聞き手の脳は無意識に受け取っているのだという。

 こうした声という音の影響力を世界に先駆けて研究している米国では、ビジネスリーダーや政治家は自分の声の力を活用しようという意識が高いという。しかし日本ではそうした認識が希薄だ。それどころか、自分の声が嫌いで人前で話すことに苦手意識を持つ人も多い。学校や家庭で自己表現の仕方を学ぶ機会の少ないことが、その大きな原因だと著者は分析する。

 ではどうしたらよいのか。まずは自分の声を客観的に知ることが大切だと著者は説く。ふだんの自分の話し声を録音して聴いてみる。すると思いのほか力んでいたり、相づちが空々しく聞こえたりといった発見があるかもしれない。話していたときの状況や感情をなぞることも重要だ。自分をよく見せようとした作り声や抑圧された声は、その人の特長が失われていることが多いのだという。そんな声は相手の本能に訴えられず、心に響かない。

声が心身を正常化していく

 “声と向き合うことは、自分の過去と向き合い、現在の自分と向き合うことです。それは間違いなく、将来の自分をもくっきり描き出すことにもなるでしょう”(『声のサイエンス』p.157より)

 人は話すとき、自分の声を聴きながら自らも影響を受ける。声を出すという行為には身体全体が関わっているため、自分の声が与えた心身への影響は、おのずと次に出す声に影響する。このフィードバックは循環しながら影響を強めていくことになる。だからこそ自分の声と向き合い、この回路に意識的に介入することが大切だ。

 録音した自分の声で「いいな、好きだな」と理屈抜きに感じられる声が、“本物の声”だと著者は言う。人は誰しも唯一無二の声を持っているのだそうだ。その声を意識し、脳にフィードバックさせることで、人は鏡に映した自分の姿を見て学ぶように、本来の自分の声を手に入れることができる。不自然な作り声に気づき、本物の声を脳に記憶させることで、心身によい循環を作っていくのだ。

 今まで気づかなかった自分を見つめ、意識を広げていく先にある本物の声は、人を動かす説得力を持ち、自分の心身を正常化する心強い味方になってくれるはずだ。ぜひふだんの自分の声を聴くことから始めてみてはいかがだろうか。

情報工場 エディター 丸 洋子

情報工場 エディター 丸 洋子

慶應義塾大学文学部社会学科卒。小学5年からニューヨークで、結婚後はロンドンで、それぞれ2年間を過ごす。子育てが一段落したのち、英国の女流作家の小説を翻訳。現在は自宅で英語を教えながら、美術館では対話型鑑賞法のガイドを務める。好きな語学とアートの魅力を子どもたちに伝える喜びを感じながらも、みずみずしい感受性から学ぶことのほうが多く、日々活力をもらっている。日課の朝の散歩で季節の移ろいを感じるのが、至福のひととき。

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2018年7月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店