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2018年5月の『押さえておきたい良書

『世界最先端のマーケティング』-顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略

リアル店舗から顧客を奪う、新たなマーケティング戦略の潮流

『世界最先端のマーケティング』
 -顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略
奥谷 孝司/岩井 琢磨 著
日経BP社
2018/02 256p 1,800円(税別)

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 2016年2月ごろに放映された、あるフリマ(フリーマーケット)アプリのTVCMが物議を醸したことがある。

 お店(リアル店舗)で若い女性が靴を試着したものの、「ちょっと考えます」と言ってその場では買わない。店を出てからスマホでフリマアプリにアクセスして安く買う、といったシーンが描かれていた。このCMが物議を醸したのは、アプリを広めて、競合するリアル店舗から顧客を奪おうという内容だったからだ。

 仮にこのCMに登場するリアル店舗(オフライン)が、フリマアプリ(オンライン)を運営する企業のものであったとしたら、批判されなかったにちがいない。実際に、最近では、オンラインからオフラインへ進出するという新しい動きも見られる。

 これは単に販路の多様化でオンライン店舗とオフライン店舗の両方を持つということではない。消費者による「選択」「購入」「使用」という3つのフェーズそれぞれにおいてオフラインとオンラインの2種類のチャネルを切り替え、組み合わせるというものだ。

 そのような戦略こそが、本書『世界最先端のマーケティング』が解説する「チャネルシフト戦略」である。例えばその1つ「選択オンライン×購入オフライン」は、ネット上で商品を選択の後、リアル店舗で購入させるといった戦略だ。

 本書の著者の1人、奥谷孝司氏は、良品計画でWEB事業部長などを務め、現在は、オイシックスドット大地COCO(チーフ・オムニチャネル・オフィサー)。もう1人の岩井琢磨氏は、広告代理店の大広にてプロジェクト・マネジャーを務める。

リアル店舗の強みが消えたアパレル業界衝撃のゾゾスーツ

 本書がチャネルシフト戦略の代表例として挙げるのは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのアマゾンが正式に出店を始めた「アマゾン・ゴー」だ。

 2018年1月に1号店がオープンしたアマゾン・ゴーは、レジのないコンビニ(リアル店舗)だ。来店者はアプリを起動してゲートを通過、店内で棚から好きな商品を取り、そのまま店から出る。センサーなどにより商品の購入が確認され、退店すると自動的にオンラインで決済されるのだそうだ。アマゾンは、商品選択の場をリアルにも広げた。これは著者らの言うチャネルシフト戦略では、選択オフライン×購入オンラインにあたる。

 アマゾン・ゴーには、実際にモノを見てから買える、支払いの列に並ぶ煩わしさがないといった、オンライン店舗はもちろん、従来のスーパーやコンビニにもなかった利点がある。

 日本におけるチャネルシフトの新しい動きとして本書で紹介されているのは、オンライン衣料品販売のゾゾタウンを運営するスタートトゥデイだ。

 オンラインで洋服を買うハードルは、試着によってサイズを確認することができないことだ。だが、スタートトゥデイは、2017年11月に発表した採寸用ボディースーツ「ゾゾスーツ」でこれを覆したのだ。ゾゾスーツは、全身にフィットする、センサーを内蔵したボディースーツで、顧客は自宅にいながら自身の体型を採寸できるという。

 つまりゾゾタウンは、オフライン店舗の強みだった試着でのサイズ確認を奪ったということだ。サイズ確認のために店舗を訪れなくてもいいようにしてしまったからだ。これには、オフライン店舗を運営する多くのアパレル企業に衝撃が走ったと推測される。

 そして近い将来、さらに、オフラインの店頭でなくとも服の素材の手触りまで確かめられるようにさえなるかもしれない。テクノロジーの進化により、オフライン店舗の利点が次々と奪われる可能性も考えられるのだ。

チャネルシフト戦略には「個客」の囲い込みという目的も

 著者らはさらに、アマゾン・ゴーやゾゾスーツの目的は、顧客の買い物を手軽にすることだけではないことを強調している。

 アマゾン・ゴーで使用するアプリには顧客IDがひもづいており、顧客の来店日時、店内での行動、商品選択、購買など一連の行動が情報として蓄積される。その情報を利用することでアマゾンは、「個客」に対してより魅力的な提案ができるわけだ。

 ゾゾスーツも、サイズ違いによる返品を少なくするだけではない。個客のサイズをはじめ、選択・購買の履歴を把握し、それらを次の提案に生かすこともねらっている。

 現在、消費者向け物販市場の売り上げにEC(オンライン)が占める割合は、全体の5.43%(2016年経済産業省調べ)に過ぎない。だが、個客を理解したオンライン企業がオフラインの顧客を奪うのは時間の問題かもしれない。

 オフライン店舗しか持たない商店街のパパママストアのような小売業は、今後どのように生き残っていけるだろうか。本書を読み、そんなことを考えさせられた。もちろん、さまざまな方法で店舗の個性を磨き、そこでしか得られない顧客体験を提供し、ファンを獲得しているオフライン店舗も数多くある。だがそれでも、オンライン企業の攻勢が、なんらかの形でそういった店舗にも影響してくることもありそうだ。であれば、対策として、小さな店舗が集まり、集合体となってチャネルシフト戦略を行うというのも1つの方法かもしれない。

 小売業界に関わらないビジネスパーソンにとっても、決して他人事ではない。いずれ、こういった潮流が他業界にも押し寄せてくるのは間違いない。本書には、チャネルシフト戦略の事例や理論が豊富に掲載されている。小売業界のマーケッターのみならず、あらゆるビジネスパーソンが「新しい戦い方」を考えるヒントになることだろう。

情報工場 エディター 安藤 奈々

情報工場 エディター 安藤 奈々

神奈川生まれ千葉育ち。早稲田大学第一文学部卒。翻訳会社でコーディネーターとして勤務した後、出版業界紙で広告営業および作家への取材・原稿執筆に従事。情報工場では主に女性向けコンテンツのライティング・編集を担当。1年半の育休から2017年4月に復帰。プライベートでは小説をよく読む。好きな作家は三浦しをん、梨木香歩、綿矢りさなど。ダッシュする喜びに目覚めた娘を追いかけ、疲弊する日々を送っている。

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2018年5月のブックレビュー

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