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2018年2月の『押さえておきたい良書

『漫画 君たちはどう生きるか』

戦前の名著に学ぶ、不確実な時代に“私たち”はどう生きるか

『漫画 君たちはどう生きるか』
吉野 源三郎(原作)/羽賀 翔一(イラスト) 著
マガジンハウス
2017/08 342p 1,300円(税別)

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 出版界でちょっとした「事件」として注目を浴びているのが、本書『漫画 君たちはどう生きるか』の大ヒットだ。発売から4カ月ほどたった2018年1月初旬には、ついに発行部数100万部に達したと版元から発表された。

 本書の原作は、日本が第2次世界大戦に突入する直前の1937年に出版された吉野源三郎の小説『君たちはどう生きるか』。80年以上読み継がれてきた名作児童書の漫画化だ。ストーリーや時代背景、登場人物は大きく変更せず、随所に原作小説の文章をそのまま挿入している。

 主人公は「コペル君」というあだ名の、旧制中学校で学ぶ15歳の少年、本田潤一。彼は学校などで友人たちと交流し、さまざまな出来事に遭遇する中で成長していく。そしてそれを支えるのが、コペル君というあだ名の名付け親でもある元編集者の「おじさん」。ノートにメッセージを書きつづりつつ、直接アドバイスを送る。

 吉野源三郎(1899-1981)は編集者・児童文学者。雑誌『世界』の初代編集長で、岩波少年文庫の創設にも尽力した。漫画を担当した羽賀翔一氏は2010年に『インチキ君』で第27回MANGA OPEN奨励賞を受賞している。

インターネットにも通じる「人間分子の関係、網目の法則」

 本書の原作は、児童書の体裁をとりながら、教養書として長きにわたり老若男女に親しまれてきた。それは、いじめや格差などいまだ解決しない社会問題を問うとともに、時代に左右されない人間や人間関係、人間社会の本質を見事にすくい上げているからだろう。

 たとえばコペル君は、銀座のデパートの屋上から眼下の人波を眺め、そして粉ミルクの缶の表示を見て原産地から自宅に商品が届くまでの過程に思いをはせることで、「人間分子の関係、網目の法則」を“発見”する。これは、人間は社会を構成する「分子」のようなものであり、「見たことも会ったこともない大勢の人と、知らないうちに網のようにつながっている」というものだ。おじさんは、コペル君が自力でその発想にたどり着いたことを褒め、それは「生産関係」のことだと説明する。

 コペル君は、それから約80年後に彼が発見した法則が重要な意味を持つようになるとは、思いもよらなかったに違いない。そう、現代はまさに「網目」、すなわちインターネットで世界中の人が「互いにつながっている」ことを意識するようになっているのだ。

「過ち」をポジティブに変換する思考

 本書のストーリーのメインといえるのが、コペル君の「裏切り」事件。大事な友だちが上級生に難癖つけられて殴られるのを黙って見ていた、というものだ。仲間で「守ろう」と約束していたにも関わらず、自分だけ友だちを「見捨てた」ことをコペル君は深く後悔し、学校に行けなくなってしまう。

 ここでもっとも印象に残ったのが、寝込んでしまい布団に入ったまま勉強するコペル君のそばで母親から語られるエピソードだ。詳しくは本書で読んでほしいのだが、ここで伝えられるのは「過ちをポジティブに変換する」ことの重要性だ。つまり、「できなかったこと」を後ろ向きに悔やむだけでなく、「自分の背中を押すもの」と捉える、「次は(できなかったことを)必ずしよう」と決心させる原動力にするのだ。

 コペル君の純粋でみずみずしい感性からは、現代の不透明で不確実な世界で「“私たち”はどう生きるか」のヒントが得られる。先行き不透明であるがゆえに、過ちを恐れては前に進めない。コペル君やその母親のように、過ちをポジティブな「勇気」に変換する習慣をもつことが、現代ではとくに重要な意味を持つのではないだろうか。

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。出版社にて大学受験雑誌および書籍の編集に従事した後、広告代理店にて高等教育専門誌編集長に就任。2007年、創業間もない情報工場に参画。以来チーフエディターとしてSERENDIP、ひらめきブックレビューなどほぼすべての提供コンテンツの制作・編集に携わる。インディーズを中心とする音楽マニアでもあり、多忙の合間をぬって各地のライブハウスに出没。猫一匹とともに暮らす。

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2018年2月のブックレビュー

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