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2017年12月の『視野を広げる必読書

『自衛隊メンタル教官が教える 人間関係の疲れをとる技術』

人間関係のストレスを減らすには「原始人」を抑えるべき?

『自衛隊メンタル教官が教える 人間関係の疲れをとる技術』
下園 壮太 著
朝日新聞出版(朝日新書)
2017/09 272p 780円(税別)

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幼い娘に教えられたイライラをなくすコツ

 今から15年以上前の話だ。
 当時の私は、勤めていた会社で管理職に昇進したばかりだった。その頃は、日々の仕事や部署の運営などについて悩みが多く、それらが自宅にいても頭から離れなかった。だいぶ怒りっぽかったように思う。

 そんなある日、いくら言っても片づけをしない、小学校に上がる前の娘にイラっときた。「そんないい加減なことじゃダメだろ!」と、まるで部下に対するように、キツい口調で叱ってしまったのだ。

 ところが娘を見ると、シュンとしたりも、怖がったりもしていない。それどころか、私を見て「お父さん、いい加減でもいいんだよ」と、にっこり笑うではないか。

 そのあまりに能天気な反応に、さらに小言を重ねようとしていた私は何も言えなくなってしまった。

 なんだか気持ちが和らぎ、「そうか、いい加減でもいいんだっけ。そうだよね」と言い、笑顔になった。そして、「じゃあ、一緒にやろっか」と、娘と一緒に片づけをすませたのだった。

 どうやら当時の私は、何に対しても「こうあるべき」と決めつけて考えすぎていたようだ。その必要もないのに周りを警戒し、ちょっとしたことでも過剰に反応していた。

 それでは、周りの人たちとの関係がうまくいくはずもなく、自分自身の疲れもたまる。幼い娘の一言が、そんな大事なことに気づかせてくれたのだ。

 本書『自衛隊メンタル教官が教える 人間関係の疲れをとる技術』には、タイトル通り、多くの人が日々悩まされているであろう「人間関係」の負担を楽にする実践的なスキルがまとめられている。その最大のコツは、「人はこうあらねばならない」という凝り固まった価値観を解きほぐし、自らの感情を上手にケアすることだ。

 著者の下園壮太氏は、防衛大学校を卒業後、陸上自衛隊に入隊。陸自初の心理幹部としてカウンセリングなどを担当した。大事故の救援や自殺問題への対応で得た経験をもとに独自の理論を構築。2015年8月に定年退官し、現在はNPO法人メンタル・レスキュー協会理事長を務めている。

 自衛隊は、日本でもっともストレスの高い職場の一つと言っていいだろう。そんな現場で下園氏が磨き上げた「人間関係の疲れをとる技術」とは、どのようなものなのだろう。

類人猿の時代から残る「原始人メカニズム」が大敵

 人間は本能的に「怖がり」の一面を持っていると、下園氏は指摘する。

 群れで生活する類人猿の中には、殺し合いをする種もあるそうだ。群れと群れが食料や縄張りをめぐって争ったり、あるいは群れの中でオス同士がボスの座を奪い合ったりするためだ。

 類人猿から進化の駒が進んだ原始時代のヒトも同様だ。狩猟生活をしていた原始人たちは、やがて農耕を始め、集落を形成するようになる。すると、集落同士の土地や食料をめぐる争いや集落内での権力争いで、殺し合いが発生するケースも出てくる。

 下園氏は、これまでの人類史の95%以上は「人が人を殺すのが当たり前」の時代だったと指摘。そのような時代にあった、自分自身や家族、そして自らの集団を守ろうと、他者に対して恐怖や怒りを感じる心の反応を「原始人メカニズム」と名づけた。

 たとえば、誰かがいきなり襲いかかってきた時。恐怖を感じ、攻撃してきたことに対し怒りを覚えるだろう。すると身体も反応する。心拍数が増え、動脈の緊張が高まり、血圧が上がる。テストステロンという男性ホルモンの分泌も増大するという。

 この状態は原始人メカニズムの「危機対処」の段階に当たる。このステージでは、攻撃してきた相手への反応が、通常の「3倍」の激しさになる、と下園氏は解説している。

 攻撃という危機への対処はさまざまだ。反撃して殺してしまうこともあるだろう。和解する、あるいは相手が攻撃をやめ立ち去る場合もある。だが、そうした対処が終わっても、完全に襲われる心配がなくなるまでは警戒していなくてはならない。この状態は、原始人メカニズムの「警戒」の段階であり、反応の激しさは通常の「2倍」になる。

 そして、このようなメカニズムは、現代に生きる私たちにも、しばしば発動するのだという。

 たとえばビジネスの場面。会議などで、自信をもって発案したプランを、同僚が激しく批判したとしよう。自分は「ケチをつけられた」と頭に血が上り、口論に発展することがある。それは怒りの感情によってエスカレートし、単なる怒鳴り合いになって収拾がつかなくなることもあるだろう。

 このケースは口論であって、身体に危害が加えられるわけでも、生命の危機が発生するわけでもない。しかし、それでも原始人メカニズムが発動しているのだ。口論の最中は危機対処の段階なので、通常の3倍の激しさで言葉の応酬がなされる。

 仲介が入るなどして口論がいったん収まっても、原始人メカニズムは作動し続け、通常の2倍の激しさで反応する警戒の段階に入る。この段階で、先ほどまで口論していた相手が他の誰かと談笑していたりすると、その関係のない談笑の相手も敵と見なしてしまう。過剰に警戒してしまうのだ。

 こんな風に3倍、あるいは2倍の過剰反応を続けていると、ストレスも3倍、2倍になる。原始人メカニズムは、人の心身を疲弊させるのだ。

 では、私たち現代人はどうすれば、原始人メカニズムから逃れられるのだろうか。

「自分は怒っている」ことを客観的に認める

 下園氏によると、人間の怒りの感情は6秒から10秒しか続かない。したがって、その6秒から10秒間我慢して、怒りを表に出さずにやり過ごせれば、危機対処段階の3倍の過剰反応をしなくてすむ。

 だが、ただ我慢するだけでは、怒りのマグマの噴出を抑えきれないかもしれない。その場は耐えられても、その後何かの拍子にふつふつと怒りが首をもたげてくるだろう。そこで有効なのが「感情のケア」だ。感情を客観的に受け止め、認めてあげるのだ。

 たとえば先ほどの口論に発展したケースでは「私はとてもムカついた。それは彼が、私が時間をかけて一生懸命考えたプランに、私の気持ちを考えずに一方的にケチをつけたからだ」と、評価をせずにフラットに認める。そうすれば、原始人メカニズムに危機対処段階が完全に終わったことを伝えられる。

 警戒の段階でも、相手に2倍の過剰反応をしようとしている感情を、まず抑える。そして「彼があのように批判するのは、攻撃するのが目的ではないだろう。何か理由があるのでは?」と、冷静に相手の立場から考えてみる。

 落ち着いて相手の言い分を思い出してみたら、プランに重大な見落としがあるのを指摘してくれていたことに気づくかもしれない。そうすれば、むしろ感謝の念が湧いてくるはずだ。

 下園氏は「いい加減な自分」を認めると人生はうまくいく、とも言っている。いい加減になれずに「こうあるべき」という理想やルールを自分や他人に求めすぎると、原始人メカニズムが発動しやすくなる。その理想やルールから少しでも外れた言動があるとそれが許せず、怒りの感情が抑えきれなくなりがちだからだ。

 「いい加減でもいいんだ」と、自分を縛る縄を少しゆるめてみてはどうだろう。きっと人間関係が、さらには人生そのものも楽になっていくのではないだろうか。

 冒頭のエピソードに登場した私の娘は、今年から社会人になり、会社勤めを始めている。最近は、仕事が忙しくなってきたのか帰りが遅く、少し疲れているようだ。本書を紹介しながら、「いい加減」の大切さを、今度は私が教えてあげたいと思う。

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

愛知県出身。京都大学大学院工学研究科卒。1992年にインターネットイニシアティブ企画(現在のインターネットイニシアティブ・IIJ)に創業メンバーとして参画。黎明期からインターネットのネットワーク構築や技術開発・ビジネス開発に携わり、インターネットイニシアティブ取締役副社長、IIJイノベーションインスティテュート代表取締役などを歴任。現在は「人と大地とインターネット」をキーワードに、インターネット関連のコンサルティングや、執筆・講演活動に従事する傍ら、有機農法での米や野菜の栽培を勉強中。趣味はドラム。

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2017年12月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店