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2017年11月の『視野を広げる必読書

『国連で学んだ修羅場のリーダーシップ』

銃弾飛び交う現場で身に付けた「即断即決」の技術とは

『国連で学んだ修羅場のリーダーシップ』
忍足 謙朗 著
文藝春秋
2017/08 288p 1,500円(税別)

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食糧生産量は十分なのに世界の9人に1人が飢餓に苦しむ現状

 現在世界には約8億1500万人もの飢餓で苦む人がいるのをご存じだろうか。現在の世界人口から計算すると、およそ9人に1人が飢えている計算となる。

 だが、世界全体の食糧生産量が足りていないわけではないようだ。国際連合食糧農業機関(FAO)によると、世界中で生産される穀物の量は、2016年の概算で約25億トン。これが、世界人口に平等に分配されれば、1人当たり年間約340キログラムが行き渡る。

 ちなみに厚生労働省「国民健康・栄養調査(2013年)」によれば、日本人1人当たりの年間穀物消費量は約159キログラムだ。計算上では、日本人が消費する倍以上の量の穀物が世界中の人に分配できるはずなのだ。

 つまり世界の飢餓問題は、生産量が問題なのではない。分配の問題、すなわち食べ物がすべての人に公平に行き渡っていないことを解決しなければならない。

 本書『国連で学んだ修羅場のリーダーシップ』の著者、国際連合世界食糧計画(国連WFP: World Food Programme)元アジア地域局長の忍足(おしだり)謙朗氏は、食糧の不公平な分配と、その原因である局地的な極度の貧困への対応に取り組んできた。国連WFPは、紛争地・戦場、大災害の被災地などで避難民に対し食糧支援を行う団体である。

 忍足氏は、米国バーモント州のSIT(School for International Training)大学院にて国際行政学を学び、修士号を取得。その後国連WFPに就職し、ボスニア、コソボ、カンボジア、スーダン、北朝鮮などで大規模な緊急支援の指揮をとってきた。30年以上にわたり人道支援、開発支援の現場で活躍してきた人物だ。

 国連WFPが行う緊急支援は、いずれも危険を伴う現場で迅速に行われなければならない。そのような“修羅場”で、リーダーはどのように思考、決断し、メンバーの信頼を得ながら業務を遂行していくべきか。それが本書のテーマだ。忍足氏自身の幾多の現場での経験と、そこから学び、実践された究極のリーダーシップの極意が語られる。

 忍足氏が携わった業務のように人命がかかわるほどでなくとも、スピードが要求され、かつ失敗が許されないケースは、一般のビジネスパーソンでも遭遇する可能性がある。時間のかけられない社運をかけた大プロジェクト、事故やトラブルへの緊急対応などだ。

 忍足氏による修羅場のリーダーシップは、そんな場合に備えるのに、大いに参考になるだろう。

まずは現場に足を運び頭の中に「絵」を残しておく

 忍足氏が学んだ、過酷な環境でのリーダーシップにおけるもっとも大事なポイントは、2つあると思われる。現場に足を運ぶこと、そして「ことを正しくやるより、正しいことをやる」ことだ。

 新たな地域に赴任した際、忍足氏は、まず最初に現場に足を運ぶことにしていた。地域に点在する各拠点で実際に働くスタッフに会って詳細な情報を仕入れるのだ。

 たとえば、3,000人のスタッフを抱えるスーダンオフィスの代表を任された時のこと。管轄する地域内には12の拠点があったが、忍足氏は、多忙な業務をこなしながら2週間という短期間ですべてを回った。「そんなことをした代表は(これまでに)いません!」などと現地のスタッフにあきれられながら、である。

 なぜ忍足氏はそこまで現場にこだわったのか。現場の情景や、スタッフたちの顔、彼らの住環境、そしてプロジェクトの進行状況を含む全体の印象などを、自分の頭の中に「絵」として残すためだ。そうしておかないと、遠方の拠点から急に相談を持ちかけられたり、ヘルプの要請があった時に、的確な判断ができない。

 スタッフたちとの間の信頼関係を強化するためでもある。実際に会うと会わないとでは雲泥の差だという。修羅場では、ちょっとした感情の行き違いが大きな問題の引き金になりかねないのだろう。

緊急の現場では「ことを正しく」やるより「正しいこと」をやる方が大事

 ある程度大きな組織では、「ことを正しくやる」ことが求められる。すなわちルールを守るのが大前提で、やむなくルールを曲げなくてはならない時には、上の階層の者に報告・相談をしたり、関係部門間で調整をする必要がある。

 しかし、非常事態が起きている現場では、そんな悠長なことをしていられないケースも多い。そんなときは、現場の判断で、平常時のルールを超えた「正しいこと」をやる。それが忍足氏のいう、修羅場のリーダーシップの2つめの重要ポイントだ。

 これもスーダンでの出来事だが、忍足氏が緊急支援にあたっていた最中に、突如スーダン政府が、国連WFPを除くすべての国際支援NGOスタッフを強制的に国外退去させた。当時国連WFPはスタッフの数が足りず、避難民キャンプへの食糧配給は国際支援NGOが担当していた。そのため彼らが国外退去になってしまうと、110万人の避難民に対する配給がストップしてしまう恐れがあった。

 そこで忍足氏は、現地にまだ残っていた国際支援NGOスタッフ300人を国連WFPの臨時スタッフとして雇うことにした。そうすれば彼らは国外退去から逃れられる。もちろん忍足氏独自の判断だ。

 指示を出した後に、国連WFPの人事担当者に300人のスタッフ増員を事後報告すると、当然のごとく「正規の手続きを踏まずにスタッフを雇うことはできない」と言われた。だが忍足氏は、一時的に人員を「借りている」ことにしてくれ、と人事担当者をなだめすかし、国連WFPのTシャツ300枚を至急現地に送ってもらうことに成功したのだ。

 目的を果たすためには正しい行動をとることを優先すべきであり、ルールにとらわれすぎて官僚主義やセクショナリズムに陥ることは避けなければならない。不測の事態に臨機応変に対応するには、ルール通り「ことを正しくやる」のが邪魔になる場合もあるのだ。

地球上の「貧困の連鎖」を断ち切るのに必要な「信念」

 国連WFPのスタッフは、さまざまな国籍を持つ、いわば寄せ集め部隊だ。忍足氏をはじめとする彼らは、なぜ自分とは関係ない国や地域の支援を命がけで続けられるのだろうか。

 解決しなければならないのは「貧困の連鎖」だと忍足氏は指摘する。貧しさゆえに十分な栄養を摂取できず発育障害に陥った子どもの多くは、大人になっても生活能力に乏しく貧困が続く。そのため子どもをもっても同じように栄養不足にしてしまう可能性が高いという。

 こうした連鎖を断ち切るには、一つの国や地域の取り組みだけでは難しいだろう。地球という星に同居する人類全体で取り組むべき問題なのだ。忍足氏はそう確信し、あらゆる地域でより良い生活環境を整えるべく、チームの先頭に立ってきた。

 このようなリーダーの信念こそが、困難なミッションに向かってチームを一つにまとめ、結果を出していく原動力となるのだろう。

 忍足氏は、直近の20年ほどの活動で、貧困に苦しむ人の数を約半分に減らすのに貢献できたと振り返る。2015年に国連WFPを退職。現在は帰国しているが、国内で、国際協力に興味をもつ若い世代の育成に取り組んでいる。

 本書に描かれた忍足氏の足跡と、そこから読み取れる力強い信念には感動すら覚える。あらゆる組織の悩めるリーダーの足元を明るく照らしてくれるのではないだろうか。

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

愛知県出身。京都大学大学院工学研究科卒。1992年にインターネットイニシアティブ企画(現在のインターネットイニシアティブ・IIJ)に創業メンバーとして参画。黎明期からインターネットのネットワーク構築や技術開発・ビジネス開発に携わり、インターネットイニシアティブ取締役副社長、IIJイノベーションインスティテュート代表取締役などを歴任。現在は「人と大地とインターネット」をキーワードに、インターネット関連のコンサルティングや、執筆・講演活動に従事する傍ら、有機農法での米や野菜の栽培を勉強中。趣味はドラム。

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2017年11月のブックレビュー

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