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2017年9月の『押さえておきたい良書

『スタートアップ・バブル』-愚かな投資家と幼稚な起業家

スタートアップに入社したジャーナリストがその“バブル”な実態を暴く

『スタートアップ・バブル』
 ‐愚かな投資家と幼稚な起業家
ダン・ライオンズ 著
長澤 あかね 訳
講談社
2017/06 392p 1,800円(税別)

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 オフィスにゲーム機器やリラクセーショングッズなどを置く会社がしばしば話題になる。とくにIT企業によく見られるそうした“遊び心”のあるオフィスは、その会社の先進性のアピールにもなりうる。また「ここで働きたい」という社員のモチベーションに結びつくこともあるようだ。

 本書『スタートアップ・バブル』では、52歳でIT系の新興企業(スタートアップ)に再就職したジャーナリストが、約1年8カ月間の勤務体験をつづっている。そこで目の当たりにした奇妙ともいえるスタートアップの実態を、皮肉を交えながら描き出している。

 著者は、本書に描かれた再就職の前には「ニューズウィーク」誌のテクノロジー・エディターや「フォーブス」誌のテクノロジー記者をしていた。現在はジャーナリストとしての活動を再開しており、さらに小説家、脚本家としても活躍している。

幼稚園にそっくりなオフィス

 著者が入社したのは、米国マサチューセッツ州ケンブリッジを本拠とする、マーケティングソフトウエアを扱うスタートアップだ。前職でリストラに遭い、同社で第二のキャリアをスタートさせようとした著者は、初日に目撃したオフィスの様子を、次のように描写している。

“それにしてもこのオフィスは、うちの子たちが通っていたモンテッソーリ教育の幼稚園に驚くほどよく似ている。明るい原色がふんだんに使われ、たくさんのおもちゃがあって、お昼寝部屋にはハンモックが吊るされ、壁には心安らぐヤシの木が描かれている。(中略)壁一面にずらりと並んだガラス容器には、色とりどりのナッツやキャンディが種類別に詰め込まれ、適量を取り出せるようになっている。”(『スタートアップ・バブル』P.20-21より)

 ナッツやキャンディが詰まった壁は「キャンディ・ウォール」と呼ばれ、“楽しいことが大好き”という社風の象徴として機能しているようだった。それゆえ、キャンディ・ウォールは、社員たちの自慢のタネになっていたそうだ。

 著者が働き始めると、さらに奇妙な制度や習慣に次々と出くわすことになる。たとえば会議にはテディベアが参加していた。そう、ぬいぐるみのクマだ。
 会議に参加しているクマさんは「顧客」に見立てられる。つまり、テディベアがそこに座っているおかげで、(人間の)参加者は、その場に顧客がいるつもりになり、顧客視点を前提とした話し合いができるというのだ。

テクノロジーを基盤にしなくなったスタートアップ

 2012年5月にフェイスブックが米ナスダックに上場した。時価総額は1000億ドル以上。IT業界史上最大のIPO(未上場企業が新規に株式を証券取引所に公開すること)だった。
 それ以降、スタートアップへの投資が急増する。投資家たちは、それらのスタートアップが「第二のフェイスブック」になるのを期待したのだ。だが、実際の評価を超えた過剰な投資は「スタートアップ・バブル」を膨らませることになる。

 かつてのIT業界のスタートアップは、いずれもテクノロジーを基盤にしていたと、著者は振り返る。ところが、そうした基盤のないスタートアップが、ここにきて乱立しているのだという。

 著者によれば、自分が入社したスタートアップはまさしくその典型だった。キャンディ・ウォールなどの遊び心と楽しさを演出する仕掛けや、数々の派手な制度や習慣は、投資家たちの気を引くためのものだった。それでも同社は著者が在籍していた時点で、10億ドル以上の企業価値をもつ非上場企業(ユニコーン企業)になった。これは同時期に活動したスタートアップのなかでも非常にまれな快挙であり、経営者の手腕を著者も認めている。

 本書では、今どきのスタートアップの内幕を知るとともに、一風変わった企業ストーリーも楽しめる。もちろんどんなスタートアップでも、ゼロからの立ち上げには並外れた苦労があるのは間違いない。だがその一方で本書に描かれたような一面もある。笑いと驚きとともにストーリーを楽しみながら、企業経営に存在する多様な側面を学ぶことができるだろう。(担当:情報工場 安藤奈々)

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2017年9月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店