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2017年6月の『押さえておきたい良書

『勉強できる子 卑屈化社会』

勉強ができる優秀な子どもが引け目を感じるのはなぜか

『勉強できる子 卑屈化社会』
前川 ヤスタカ 著
宝島社
2016/12 246p 1,200円(税別)

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 グローバル化が進むことで多様な価値観が入り混じり、ますます複雑化する現代社会。科学技術の進化のスピードも目覚ましいが、その一方で解決の難しい地球的課題が山積する。そんな社会を生き抜き、イノベーティブなアイデアを生み出していくには、多数の「優秀な頭脳」が必要だ。

 優秀な頭脳の基礎は学校教育によってつくられる。学校の勉強ができる子どもがその意欲を失わないまま成長し、知識とスキルを身に付けていくのが望ましい。
 ところが日本では、そんな「勉強できる子」が素直に成長できない環境が存在するようだ。とくに小・中学校の教室では、勉強できる子が周りから褒められることなく、反対に白い目で見られたりする。良い成績だったことを口にすれば「自慢かよ」と反感を持たれ、謙遜すれば嫌みにとられる。そんな子どもたちはおのずと勉強ができることを隠すようになり、卑屈になっていく。

 本書『勉強できる子 卑屈化社会』では、そういった、本来は褒められるべき学力の高い子どもが肩身の狭い思いをするという、歪(ゆが)んだ現象を読み解く。なぜ勉強できる子の受難が生じるのか、教育史やメディア史も掘り下げながら探っている。著者は上海在住のサラリーマン兼業ライター。

教育や社会に向かうべき批判が「勉強できる子」に向く

“何も言っていないのに「勉強なんてできても社会では役に立たないぞ」と説教を始める親戚がいたかと思えば、友達のお父さんから「勉強ができるのと、頭がいいのは違うぞ」なんて、すでに百回くらい聞いたセリフを言われることもあります。
 テレビを見れば「不良は本当はいいやつで、ガリ勉は嫌みで人間味のないクズ」というようなドラマがいまだに幅を利かし、昔暴走族だったという芸人が「俺は学校の勉強では学べない大事なことをそこで学んだ」などとケレン味たっぷりに話しています。”(『勉強できる子 卑屈化社会』p.4より)

 上記引用のような状況が、どうして生まれるのか。著者は、「学校の勉強をすること」に対する日本人の価値観が反映されているのでは、と仮説を立てる。

 高度成長期に詰め込み教育や学歴社会への批判が起こり、学校の勉強と職場で求められる能力が必ずしもリンクしないことが指摘されるようになった。そういった価値観が一般に定着する過程で、教育そのものや社会に向かうべき批判が、勉強できる子への厳しい視線に転換された、というのが著者の分析だ。

ステレオタイプの見方をやめ、素直に褒めるべき

 また、日本の学校教育は旧態依然とした面も残るが、高度成長期の40〜50年前と同じではない。「実社会で役に立たない知識を詰め込む」といった学校教育のイメージは今の実態からは遠くなってきている。たとえば、勉強できる子を「知識を記憶する力はあっても柔軟な思考ができない」などと言って貶(おとし)める人がいる。しかし、灘中・高など勉強できる子が通う有名中高一貫校では、徹底して思考力を高める教育をしていることが多いという。著者によれば、実態を知ろうともせず、表層的なイメージで学校の勉強を認識する風潮が、勉強できる子を苦しめ、「卑屈化」を加速しているのだ。

 ステレオタイプの決めつけをやめる。そして、スポーツのできる子、絵のうまい子、歌が上手な子などと同じように、勉強できる子も、とくに周りの大人たちが素直に褒めるべきだと著者は主張する。一人ひとりの子どもは違っていて当然。勉強ができることも立派な個性であり、引け目を感じる必要はない。誰もがそう思えるようになれば、私たちの未来を担う優秀な頭脳が多数育っていくはずなのだ。(担当:情報工場 吉川清史)

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2017年6月のブックレビュー

情報工場 三省堂書店