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2017年6月の『視野を広げる必読書

『ひとりの力を信じよう』

被災地復興から地方創生のモデルへ「たったひとり」が始めたコミュニティづくり

『ひとりの力を信じよう』
立花 貴 著
英治出版
2017/01 224p 1,500円(税別)

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東日本大震災被災地での出会いが人生の方針を変える

 インターネットで「雄勝そだての住人」を検索してみてほしい。宮城県石巻市雄勝(おがつ)町で獲れる海の幸の写真が掲載されたサイトがヒットするはずだ。

 これは、雄勝町の海の幸の生産者と消費者をつなぐ、コミュニティサイトだ。株式会社雄勝そだての住人が運営する。オンラインショップのページに飛べば、そこから旬の海の幸を直接購入できる。

 このサイトからは、雄勝町の漁業コミュニティを全国へ、さらには海外マーケットまで広げようとする熱いエネルギーが伝わる。「雄勝そだての住人について」というページにある代表者のメッセージには、漁業を、町を、そして全国の人たちとの絆を育てたいという思いがあふれている。

 雄勝町は、東日本大震災で町内の8割の建物を失った。被災地の中でも被害がもっとも大きかった地域の一つだ。当然漁場も大きな被害を受けた。それから6年で、どのようにして、これほどまでのエネルギーを取り戻したのだろう。

 雄勝町の復興の歩みは、ある元商社マンの取り組みから始まった。その後たくさんの人を巻き込んでいったのだが、最初は「たったひとり」の志と行動が原動力だった。そのひとりこそが、本書『ひとりの力を信じよう』の著者、立花貴氏だ。

 立花氏は1969年仙台市生まれ。東北大学法学部卒業後、1994年伊藤忠商事株式会社に入社した。2000年に同社を辞め、食品流通関連会社を起業。その後、日本の食文化・伝統工芸を発信する株式会社薬師寺門前AMRIT 代表取締役に就任している。

 2011年3月に東日本大震災が発生すると、立花氏は家族の安否確認のためにふるさとに帰った。そこでは、多くの建物が崩壊し、それまで機能していることが当たり前だったほとんどの社会システムが停止していた。食料すら行き渡らない地域もあった。

 「何かしなければ」と衝動にかられた立花氏は、残った地元飲食店や、自身が食品流通の仕事をしていた時の仲間に呼びかけ、まずは炊き出しを始めたそうだ。

 東京と仙台を往復しながら救援活動を展開する中で、知人の紹介で雄勝中学校の当時の校長と知り合う。それが立花氏の人生の進路を転換させた。雄勝町に住民票を移し、地元の一次産業の復興支援や、仮設校舎に通う子どもたちの支援を始めた。現在は株式会社雄勝そだての住人執行役員や、子どものための複合体験施設「モリウミアス」を運営する公益社団法人MORIUMIUS代表理事などを務めている。

 本書には立花氏が震災以降に取り組んだ活動の一部始終が描かれている。立花氏はどのようにして雄勝町の復興の灯火を輝かせたのだろう。

復興を待つ被災地ではなく「未来をつくる現場」へと発想を転換

 震災からの復興というと、壊れて失われたものを元どおりにする「復旧」の発想になりがちだ。立花氏はそうではなく、雄勝町を以前とは違う新しい町につくり変える発想で臨んだ。

 雄勝町では昭和40年代に約12,000人だった人口が、震災直前には約4,000人まで減少していた。多くの地方自治体で進行している少子高齢化と過疎化が雄勝町でも進んでいたのだ。そして震災の被害により人口は約1,600人まで落ち込んだ。

 復興という名の復旧をして、震災前の4,000人程度に人口を戻したとしても、何も新しいことをやらなければ人口減少が始まり、20年後には再び1,600人くらいになってしまうかもしれない。それでは復興の意味がないのではないか。

 幸い雄勝には豊かな自然があり、その中で生きてきた住民たちの強いコミュニティが残っていた。立花氏は、それらを生かせば新しい雄勝町のあり方を創造できると考えた。そうして雄勝を被災地ではなく「未来をつくる現場」と捉え直した。

 冒頭に紹介した株式会社雄勝そだての住人は、「新しい漁業をつくりたい」と前向きな意欲を示していた地元の漁師たちに立花氏が協力して立ち上げたものだ。

 立花氏は、雄勝の海の幸を購入してくれる遠方の人たちを「雄勝そだての住人」と名づけることにした。遠くに住んでいても、あたかも雄勝町の漁業コミュニティの一員であるかのように感じてもらうのが狙いだ。

 雄勝そだての住人のメリットは、産地直送で新鮮な海の幸が定期的に届くだけではない。雄勝の漁場で地元の漁師と語らいながら海の幸を堪能する、あるいは逆に漁師が他の地域に出向いてその地域のそだての住人と交流するイベントなどに参加できる。

 同社を立ち上げることで、さまざまな新しい仕事が生まれた。商品の企画、マーケティングやブランディング、また、ホームページやブログなどでの情報発信やイベントの企画・運営といった仕事だ。

 こうした仕事は、地元の若者たちにとって新鮮で魅力的なものだった。こうして新しいビジネスは若者を引きつけ、それが雄勝の漁業全体の活性化につながっていったのだ。

 立花氏は震災後の雄勝町の状況に、20年後の日本の地方の姿を見た。少子高齢化と過疎化が進んだ結果起こると予測されている、医療・介護の不足、買い物難民の発生、行政サービスの機能不全、住環境の悪化などが、雄勝町では震災によって20年前倒しで起こっていたのだ。

 それゆえ、立花氏の取り組みは、日本全体の20年後の未来をつくる上での試金石ともいえるのではないだろうか。

大きな変化を起こすのは、一人ひとりの小さな変化から

 立花氏は、出会った人々と直接対話を繰り返しながら、少しずつ人々を巻き込んでいった。雄勝の住民と、他地域の人たちを結びつけ、新しい仕事づくり、学びの場づくりを進めてきた。

 どんな大きな変化も、元をたどれば、ひとりが別のひとりとつながることで始まる。そうして、そのつながった一人ひとりが、自分の周りを少しずつ変えることで大きな変化を起こせる。立花氏はそんなふうに考えている。

 雄勝で活動を始めてから、週2回の頻度で東京との間を往復するようになった立花氏は、自らの活動を通じて経験してきたことや気づいたことを、知り合った人に語っていった。そしてその話に興味を抱いた人を、可能な限り雄勝町に連れていった。現場を見せ、復興支援活動を体験してもらうのである。

 復興支援活動はとてもハードだが、都市部の便利な生活では得られない学びにつながる。それは「生きる」ことにリアルに結びつくものだ。

 これまで一般のビジネスパーソンから、企業経営者やNPOの責任者、霞が関の官僚や地方公務員、主婦や学生にいたるまで、数多くの人々が雄勝を訪れた。これらの人々から寄せられたメッセージの数々が、本書の末尾に掲載されている。それらを読むと、皆それぞれがリアルな学びを持ち帰ったことがうかがい知れる。

 本書を読むだけでも、立花氏の思いとつながることができるだろう。そのつながりからヒントをもらいながら、まずは自分の周りからどんな変化を起こせるのかを考えてみるといいだろう。(担当:情報工場 浅羽登志也)

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2017年6月のブックレビュー

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