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2017年5月の『押さえておきたい良書

キャスターという仕事

ジャーナリズムの理想を問い続けた「クロ現」キャスター

『キャスターという仕事』
国谷 裕子 著
岩波書店(岩波新書)
2017/01 256p 840円(税別)

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 NHK総合テレビがかつて放送し、ジャーナリスティックな視点で現代的なテーマに鋭く斬り込む内容で高く評価されていた報道番組「クローズアップ現代(クロ現)」。2016年3月17日の放送終了まで約23年間にわたりキャスターを務めてきたのが国谷裕子氏だ。本書『キャスターという仕事』は、その国谷氏がクロ現での23年間を振り返りながら、メディアやジャーナリズムのあり方について、豊富なエピソードを交えながら論じている。
 国谷氏は米国ブラウン大学卒業後、知人のNHK元特派員の紹介でNHKの英語ニュースのアナウンサーから、報道の世界に足を踏み入れた。クロ現のキャスターとしては、試行錯誤を繰り返しながらも、言葉の力を信じ、常に本質を問い続けた。本書には、その挑戦の日々が生き生きと描かれている。

「わかりやすさ」に潜む落とし穴

“〈クローズアップ現代〉のキャスターを二三年間続けてきて、私はテレビの報道番組で伝えることの難しさを日々実感してきた。その難しさを語るには、これまで私が様々な局面で感じてきた、テレビ報道の持つ危うさというものを語る必要がある。その「危うさ」を整理してみると、次の三つになる。
(1)「事実の豊かさを、そぎ落としてしまう」という危うさ
(2)「視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう」という危うさ
(3)「視聴者の情緒や人々の風向きに、テレビの側が寄り添ってしまう」という危うさ” (『キャスターという仕事』p.12より)

 国谷氏は上記のようにテレビ報道の危うさをしっかりと認識した上で、どうすればこれらの落とし穴にはまらないかを考え続けた。そうすることでキャスターとして、いかに視聴者に本質を伝え、問題提起できるかを探っていったのだ。
 とくに(1)から逃れようとするのが、もっとも難しかったと打ち明ける。テレビ番組には放送時間や構成上の制限がある。また、老若男女の視聴者に“わかりやすく”伝える使命もある。だが、そのおかげで報道番組では、事実や事象の持つ深さや複雑さ、多面性といった「豊かさ」がそぎ落とされてしまうことがある、というのが(1)の意味だ。
 国谷氏は、わかりにくいことをわかりやすくするよりも、一見わかりやすそうに思えることの裏側に潜む複雑さや問題の深刻さなどを視聴者に提示することこそ、キャスターの役目ではないかと考えた。視聴者に、課題解決に向けた多角的な思考プロセスを一緒に追体験してほしい、というのが国谷氏の同番組でのスタンスだったという。

「言葉探し」のジレンマとの戦い

 国谷氏は、キャスターには大きく四つの役割があるとしている。「視聴者と取材者の間の橋渡し役」「自分の言葉で語ること」「言葉探し」そして「インタビュー」だ。
 3番目の言葉探しは、社会で起きている新しい事象を定義して名前をつけたり、既存の言葉に新しい意味を与えたりすること。たとえばクロ現では、女性の活躍により経済が活性化する現象を指す「ウーマノミクス」という新語を積極的に使った。
 現代の視聴者は多様化している。だが、そこに「共通の認識の場」を提供するのはキャスターの重要な役割の一つだと国谷氏は認識していた。
 だが、これにも難しさがある。一つの言葉に多様な意味が内包されていることがある。たとえば「フリーター」には、前向きな人もいれば、不安を抱えた人もいる。それを細かく定義して使うと煩雑になり、全体が見えづらなくなる。国谷氏はこうしたジレンマと戦いながら、キャスターの、ジャーナリストの理想を追求していったのだ。(担当:情報工場 吉川清史)

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2017年5月のブックレビュー

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