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2017年5月の『視野を広げる必読書

勝ち続ける技術

前人未到、全国優勝6回の「平成の剣豪」が明かすビジネスでも“勝ち続ける”極意

『勝ち続ける技術』
宮崎 正裕 著
サンマーク出版
2017/02 192p 1,400円(税別)

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桶狭間の戦いで信長は奇襲をその場で“ひらめいた”のではない

 少し前になるが、現在放送中のNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」に、「桶狭間の戦い」が登場した。戦国時代、1560年に尾張国(現在の愛知県)で行われた今川義元と織田信長の軍勢による合戦だ。

 「大軍を率いた今川義元が勝利を確信して油断しているところを、信長の捨て身の奇襲作戦により討ち取られた」というのが桶狭間の戦いに対する大方の見方ではないだろうか。
 この時の信長の作戦について「おんな城主直虎」の時代考証も担当する小和田哲男静岡大学名誉教授は、その場でひらめいたものではなく、義元に勝利するために事前に周到に練られたものと分析している。

 兵力に劣る織田軍の選択肢は籠城か奇襲しかない。後者を選んだ信長は、奇襲を成功させるために徹底的に情報を収集し、相手の動きを予測した。その結果、今川軍が二手に分かれ、義元本隊が昼食休憩するという絶好のタイミングをつかみ、勝負に出たのだ。

 勝利するために徹底した情報収集のもと作戦を練る。そして機をみて勝負する。剣道でこのことを徹底し、全日本剣道選手権で前人未到の6回の優勝を成し遂げたのが、本書の著者、宮崎正裕氏である。

 宮崎氏は神奈川県警察剣道で首席師範を務め、現在剣道教士八段の位にある。その戦績から「平成の剣豪」「努力の天才剣士」と称されることも多い。だが、中学生時代には初段審査試験に4回失敗するなど、過去の選手歴は必ずしも順風満帆なものではなかったそうだ。その中で「どうしたら勝てるか」を必死に追求し、「勝ち続ける技術」を体得した。本書では、宮崎氏の輝かしい戦績をつくった「技術」を、70項目に分けて詳述している。

「勝つこと」以外に目標をおかないようにする

 宮崎氏による「勝ち続ける技術」には、大きく分けて三つのポイントがあるようだ。一つ目は「徹底的に勝ちにこだわる」ことである。

 宮崎氏が進学した高校は屈指の剣道強豪校だった。全国からすでに高い実績を持つ優秀な選手が集まる中、宮崎氏には当時、まだめぼしい戦績がなかった。だが、そこでめげることなく宮崎氏は、強くなってレギュラー選手になり生き残ること、そのために強い先輩に勝っていくことを強く決意した。

 勝つことのみを目的として宮崎氏が研究し築き上げたのは「守りを固めて粘り強さを発揮し、機を見て一本を取り、それを守りきる」という剣風であった。しかし、この剣風で宮崎氏が全日本剣道選手権で優勝すると、批判の声も上がった。剣道の世界では、豪快な技で一本勝ちを収めるのが正統と考える価値観が根強かったためだ。

 だが、「豪快な技による一本勝ち」は勝つために必ずしも必要なことではない。豪快な剣風にこだわるのが、勝つこと“以外”の目標になると、勝ち続けるのが難しくなってしまうのではないか。たとえば日本柔道の五輪代表チームも、以前同じような落とし穴にはまっていたようだ。

 2012年のロンドン五輪で、男子柔道日本代表の金メダルの獲得数がゼロになってしまった。敗因の一つとして、一本を取ることへのこだわりが強すぎたことが指摘されている。

 相手との間合いをとって一本を取るのが、日本柔道の伝統的な勝ち方だった。しかし、日本人を上回るパワーがあり、体を密着するスタイルの世界の選手には、こうした戦い方が徐々に通用しなくなっていた。だが、日本代表は一本を取ることにこだわった。そのこだわりが、勝つこと以外の目標になってしまっていたといえる。

 ロンドン五輪での惨敗を受け、柔道全日本男子監督に井上康生氏が就任した。井上監督は、一本を取れない状況でも、とにかく勝つことを目標においた。そのために、一本の技を磨くよりも、世界の民族格闘技を練習に取り入れたり、フィジカルを強化したりするなどの対策を優先した。こうした取り組みが功を奏し、リオ五輪では73キログラム級、90キログラム級で金メダルを獲得できたのだ。

事前に相手を観察・研究し、試合中に流れを読む

 勝ち続ける技術の二つ目のポイントは「徹底的に研究する」ことだ。宮崎氏が重視するのは「見取り稽古」だという。技の参考にしたり、対戦相手の弱点を見破ったりするために、他の選手の練習や試合を徹底的に観察するのが見取り稽古である。

 剣豪と呼ばれる現在の宮崎氏でも、一度も対戦したことのない選手と試合をする際には、必ず見取り稽古などを通じて相手の徹底的な研究を行うそうだ。事前準備をしておかないと、実力差があってもそうそう勝てるものではないという。

 また、宮崎氏は、勝つためには部下であろうと後輩であろうと、謙虚に意見や話を聞くことが大切だとも説く。プライドは邪魔になる。プライドより勝つための研究を最優先するというのが宮崎氏の考え方なのだ。

 勝ち続けるには、まず剣の技量を磨くべきだと思いがちだ。しかし、剣の道には技術力以上に、観察力や思考力が重要であることが本書から理解できる。宮崎氏は「一眼二足三胆四力」という、古来の剣道の教えを重視している。一として筆頭に挙げられる「眼」は洞察力を意味する。次の「足」は文字どおり足の動き、3番目の「胆」は胆力(気力)、そして最後の「力」は技術力を指す。つまり、実際に刀を振る技術力は一番後でよい。まずは、観察をもとにした洞察力に重きをおくのが、本来の剣道ともいえるのだ。

 対戦中に試合の流れや潮目をしっかりと読むことが、勝ち続ける技術の三つ目のポイントである。そしてその場で戦いの組み立てを考え、実行する。対戦している目の前の相手は何を仕掛けようと考えているのか。勝負の流れは自分と相手のどちらに向いているのか。そうしたことに思いをめぐらせて状況を読み、こちらから攻撃を仕掛けるタイミングを計るのだ。

 こうした試合中の「読み」にも、事前の研究がものをいうのだという。「この相手は面を取ったら、その次に小手を取りにくるケースが多い」といった攻撃パターンが見えるまで、綿密に観察や情報収集、分析を積み重ねておくと、本番での読みが容易になる。

ビジネスにも応用できる“勝ち続ける”ための三つの技術

 これらの三つのポイントは、ビジネスにおける「勝負」にも応用できる。「顧客のキーマンに成果物をレビューしてもらい、承認を得る」という重要な場面を例に見てみよう。

 まず「一度のレビューで確実に承認を得よう」と、固く決意する。はなから「ダメならもう一度アタックしよう」といった生半可な心構えでは、おそらく何度やってもうまくいかないだろう。最初から、とことん勝ちにこだわり、どうしたら一度のレビューで成功できるかを、全力を傾けて考えるのである。

 次に、徹底的に研究する。すなわち、先方のキーマンがレビューする際にどんな観点に立って意思決定するのかなどを、可能な限り調べ上げるのだ。そのキーマンの部下や関係者にヒアリングをする、社内や取引先などで過去にその人からレビューを受けた人がいたら話を聞いてみるなど、方法はいくつか考えられる。

 そして、レビューの本番中に相手の出方を読む。どのあたりに注目しているか、どんな質問をしてくるのか、試合に見立てて相手の動きと全体の流れを把握することだ。事前の研究の段階で、相手がしそうな質問に対する答えを想定しておくとよい。本番中は、相手の表情や口調などを読み、自分の説明に納得しているかどうかを見極める。納得していないようであれば、無理に強弁することはない。「後日のフォローを条件として承認してもらう」といったゴールに切り替えるなど、臨機応変に対応すべきだ。

 宮崎氏は現在、後進の指導にも力を注いでいるそうだ。本書に紹介されているような勝ち続ける技術を伝授したところ、日本一、世界一といった高みに到達した選手もいるという。ビジネスパーソンでも舞台は違えど、この技術は十分応用できるものだ。ぜひ読み込んで、成功のヒントを得てほしい。(担当:情報工場 足達健)

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2017年5月のブックレビュー

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