1. TOP
  2. これまでの掲載書籍一覧
  3. 2017年4月号
  4. スタートアップ大国イスラエルの秘密

2017年4月の『視野を広げる必読書

スタートアップ大国イスラエルの秘密

イスラエルがグローバル企業大注目のハイテク国家になれた理由

『スタートアップ大国イスラエルの秘密』
加藤 清司 著
洋泉社
2017/01 200p 1,500円(税別)

amazonBooks rakutenBooks

グローバル企業の研究・開発拠点が集積

 年間800~1,000社程度のスタートアップ企業が設立され、アップル、アマゾン、インテル、フェイスブック、グーグル、シーメンス、サムスン、トヨタといったグローバル企業の研究・開発拠点が300以上存在する――。さて、この場所はどこか、わかるだろうか。大半の人は、「米国のシリコンバレー」と答えるのではないか。

 だが、これはシリコンバレーの説明ではない。シリコンバレーから数千キロメートル離れた地中海沿岸の小国なのだ。そう、建国して70年足らず、人口約864万人(2017年1月現在、イスラエル中央統計局調べ)のイスラエルは、いまや「中東のシリコンバレー」(通称・シリコンワディ)とも呼ばれる世界有数の技術大国となっているのだ。

 日本人にとってイスラエルは、紛争地域のイメージが強いかもしれない。世界中のテクノロジー企業がこぞって進出するハイテク国家と言われてもピンとこない人が多いのではないだろうか。

 本書『スタートアップ大国イスラエルの秘密』の著者加藤清司氏は、そんな日本人の認識は、世界の常識からかけ離れていると評している。

 加藤氏は、大学卒業後の2006年、当時着目していた技術のルーツを調べたところ、イスラエルにたどり着いた。そして、すぐさまイスラエルに旅立ち、2カ月を過ごしたそうだ。帰国後「イスラエルのハイテク」をテーマに情報発信を開始。すると、企業や行政からイスラエルに関する調査の仕事依頼がくるようになる。2009年に、イスラエルのスタートアップ企業と日本企業による現地スタートアップの業務提携支援、日本企業の現地進出支援などを行う株式会社イスラテックを創業し、代表取締役に就任した。

 加藤氏が明かす、日本人の知らないイスラエルの本当の姿とは、いったいどのようなものだろうか。

過酷な環境でのサバイバルがイノベーションの源に

 イスラエルが今のようなハイテク国家になれたのはなぜか。加藤氏はその理由の一つに、イスラエルが建国以来、常に敵対する国々に囲まれてきたことを挙げている。

 自国を守るために軍事技術が発達した。兵器を作る技術だけではない。たとえば戦時下で自国の兵士達が安全に通信するための暗号技術や無線技術なども含まれる。実はこれらの技術はイスラエル発であることが多いのだ。

 インターネット普及後も、外部からの不正侵入を防ぐファイアウォールの技術をイスラエルの企業が初めて実用化した。これは敵国に対するサイバーセキュリティー確保のために開発されたものだが、今では企業や一般家庭で当たり前に使われている。

 さらに言えば、今日の世界で多くの人がスマートフォンなどで使うメッセンジャーアプリ(LINEなど)も、その元祖はイスラエルの企業が開発したICQというソフトウェアだ。

 このようにイスラエルの軍事技術が民生の通信機器やソフトウェアにつながった例は枚挙にいとまがない。カメラを搭載したミサイルの開発に携わっていた研究者がカプセル型内視鏡を考案するなど、医療分野に応用された例もある。

 軍事技術以外にも、イスラエルの地理的・地政学上の特性が技術を進歩させた例がある。イスラエルは国土の大部分が乾燥地帯にあたり、半分以上が砂漠だ。本書によれば、そんな過酷な環境でもイスラエルの食料自給率はなんと90%に達しているという。必要な食料のほとんどを自給できている。

 周辺諸国との緊張関係もあり、イスラエルにとって食料の確保は死活問題だ。それを農業技術や環境技術を発達させることで、しのいできた。たとえば水や液体肥料を効率良く作物に供給する点滴灌漑(かんがい)技術や、乾燥に強い農作物の開発などだ。

 いまや農業灌漑技術では世界のトップクラスに入る。一部の農作物については、自給どころか、輸出も盛んというから驚きだ。近年ではクラウド技術に、センサーやドローンなどの技術を融合させるような最先端の農業技術も数多く世に出しているそうだ。

 翻って日本にも、レベルの高い工業技術やIT技術がある。自然豊かな国土も有している。にもかかわらず、食料自給率はイスラエルよりはるかに低い。この分野でも、われわれがイスラエルから学べることは多いようだ。

スタートアップのイグジットによる「エコシステム」

 イスラエルは1948年の建国直後から四度の中東戦争を経験した。1993年のオスロ合意で一応の和平が実現したとはいえ、政治的・軍事的に不安定な状態は続いている。

 そんな国情の中、短期間で技術立国を成し遂げた背景には、R&D(研究・開発)に特化した国づくりと、国を挙げた人材育成があるのは間違いない。イスラエル政府には、国を発展させる手段として科学技術が不可欠というしっかりとした認識があったのだ。

 日本の科学技術振興機構が2010年にまとめた「科学技術・イノベーション政策動向 イスラエル編」によると、イスラエルのこれまでの科学技術政策は、大きく「種まき」「水やり」「剪定(せんてい)」の三つのフェーズに分けられる。

 1970~80年代中頃の種まき期にイスラエル政府は、網羅的に国内企業に助成をした。加藤氏によれば、それとほぼ時を同じくしてイスラエルから米国のシリコンバレーに渡る人材が急増した。

 1980年中頃から1992年にかけての水やり期に政府は研究・開発への助成を大幅に増やす。1993年以降の剪定期には、ベンチャーキャピタル(VC)たちが、戦略的にターゲットを絞り投資を行うようになる。それらのVCの多くは国が後押しして立ち上がったものだ。そして同じタイミングで、シリコンバレーに渡った人材の多くが帰国、自国内で起業するようになった。

 1990年代前半から、インテル、マイクロソフトなどのグローバル企業の進出も活発化。進出先の研究・開発拠点に自社の優秀な人材を送り込むとともに、現地の優秀なスタートアップへの投資や買収を行った。それには、イスラエルの“頭脳”をとりこむ目的もあった。

 本書によると、2015年のイスラエルのスタートアップへの投資総額は約5,000億円強。同時期の日本の未上場ベンチャー企業の資金調達額が1,000億円強なので、イスラエルのベンチャーは、日本の5倍以上の資金を調達しているということだ。しかもそのうち85%は海外からの投資だそうだ。

 その資金で毎年800~1,000のスタートアップが生まれる。イグジット(起業家が立ち上げた企業を売却したり、株式市場に上場したりすること)は年間80~100件ほどだ。重要なのは、その80~100件のイグジットで生まれる金額だけで、平均して同じ年の800~1,000のスタートアップへの投資総額の2倍以上にのぼるということだ。

 もちろん平均値なので、もうかったケースも損したケースもあるのだろうが、数値上は全体として「イスラエルのスタートアップに投資するともうかる」といえる。

 イグジットによって起業家の側も大きな資金を得られる。彼らはその資金を元手に再度起業したり、投資する側に回ったりするケースも少なくない。そのように何度も起業を繰り返す人をシリアルアントレプレナーと呼ぶ。イスラエルのスタートアップは1~2年という短期間で買収されるケースもあり、10年間で3社、4社と繰り返し起業するシリアルアントレプレナーも増えているそうだ。

 また、短期間に何度も起業経験を積むことでノウハウもたまる。そのような起業家が次は投資家として国内の別の起業家にノウハウを提供する。イスラエルでは、そんなスタートアップのエコシステムが自然に形成されている。

 今の日本では膨大な研究開発投資がイノベーションに結びついていないことを、加藤氏は嘆いている。日本企業は技術を自社内に抱え込む傾向が強いためエコシステムも形成されにくい。日本とイスラエル両方の事情をよく知る加藤氏にとっては、忸怩(じくじ)たる思いがあるに違いない。

 かつて技術立国を標榜していた頃の日本では、企業に所属する技術者が、後発の同業他社にノウハウを教えて業界全体を引っ張り上げようとする文化もあったと聞く。そんな文化を振り返るとともに、イスラエルの状況を学び、今こそ日本流技術立国のエコシステムを再構築する努力を始めるべき時ではないだろうか。(担当:情報工場 浅羽登志也)

amazonBooks rakutenBooks

2017年4月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店