2016年12月の『押さえておきたい良書』
私たちは、意識しないまでも毎日さまざまな「交渉」をしている。仕事ではもちろん、夫婦や恋人、友だちどうし、親子間などでも、大なり小なり交渉は日々行われている。ここでいう交渉とは、相手に何かを要求し、お互いに検討して何らかの結論を出すというプロセスといえる。
「交渉に勝つ」「交渉術」といった言い方には、「相手を打ち負かして自分に有利になる結論にもっていく」というイメージがあるかもしれない。だが、本書『本当に賢い人の 丸くおさめる交渉術』の著者・三谷淳氏は、そういった自分だけが得をする交渉はいい交渉とはいえないと説く。相手の恨みをかってしまうからだ。
三谷氏が本書で伝えるのは、相手も喜ぶ「利他(りた)の交渉」だ。自分の利益になると同時に、相手にもメリットを与える。たとえば相手にとって目の前の利得にはならないかもしれないが、長期的に考えればプラスになると納得させる交渉だ。
三谷氏は未来創造弁護士法人代表弁護士。「日本一裁判しない弁護士」と呼ばれ、紛争の早期円満解決や予防をモットーとして毎年約1,000件の交渉を実践している。
相手から見える景色を想像することが重要
著者がこれまでの膨大な交渉経験の中から身につけた、「相手が喜び、自分が得する」交渉術を習得すれば、仕事でもプライベートでもストレスから解放され、人間関係が改善されるという。そうした交渉のポイントは次の三つだ。
(1)スピード決着を図る
(2)相手の期待値を飛びこえる
(3)長期的な利益を優先する
(2)は、相手を喜ばせることを指す。人は、サービスや商品が自分が期待した水準に達していなければ不満を抱き、水準どおりであれば満足する。期待をこえたときには、感動し、その感動を与えてくれた人や組織のファンになるかもしれない。
交渉で相手を感動させるには、まず相手が何をどのくらい期待して交渉に臨んでいるかを把握しなければならない。著者はそれを「相手から見える景色を想像する」と表現している。価格や納期など交渉の中心になる条件以外のことにも目配りして想像することが大事だという。そうすれば、たくさんのヒントの中から相手を喜ばせられるポイントを見つけやすくなる。
前もってバトナ(代替案)を用意しておく
もしあなたがすでに大量の靴を作って倉庫に保管しており、A社に売却できないと他に売却先のアテがないとすると、このままでは作った靴がすべて無駄になるかもしれませんし、日々倉庫の保管料がかかってしまいます。
このようにバトナ(代替案)がないとA社の要求を受け入れざるを得なくなってしまうのです。”(『本当に賢い人の 丸くおさめる交渉術』P66-67より)
バトナ(BATNA)とは、Best Alternative To a Negotiated Agreementの略で、目の前の交渉相手と合意ができなくても困らない他の代替案を指している。著者は、交渉の前に最低でも一つのバトナを用意しておくことで、交渉の主導権を握れるとしている。
同時に相手にバトナがあるかどうかを読みとることも重要だ。そのためには、ファーストコンタクトの段階で、相手の話をよく聞かなければならない。そのときに「相手にとっての最優先事項」「相手の強みと弱み」「相手の期限」「相手が最低限達成したいこと(ボトムライン)」「相手のバトナ」という五つを聞き出せればベストだという。
本書で説明される交渉術は、そのほとんどが対面での話し合いを前提としているようだ。しかし、現実には交渉のかなりの部分を電話やメールで進めなければならないケースも多い。本書にもメールの書き方についての説明はあるが、記述は少ない。本書の内容を含む多様な情報を集め、場面に応じて使い分ける知恵も必要なのだろう。(担当:情報工場 吉川清史)