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2016年8月の『視野を広げる必読書

「0から1」の発想術

イノベーションを次々に生み出す「思考のジャンプ」と“大前流”15のメソッド

『「0から1」の発想術』
大前研一著
小学館
252p 1,400円(税別)

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無から有を生み出すには「思考のジャンプ」が必要

 最近は、しばらく会っていなかった友人に会ったとしても、あまり久しぶりという気がしないことが多い。彼らがおいしいものを食べたり、趣味の活動を楽しんだり、さまざまな観光地に出かけたりしている様子はFacebookなどのSNSにしょっちゅうアップされており、それらを見て近況を知っているからだろう。

 スマホで自分の近況が伝わる写真を撮って、メールで友人に送ったりSNSにアップすることは、今ではすっかり当たり前になった。しかし、Apple社がiPhoneの最初のモデルを発表したのは2007年。Facebook社が一般向けにSNSのサービスを公開したのは2006年のことだ。このわずか10年ほどの間にかなり世界が変わってしまったようだ。

 スマホやFacebookは、それ以前にはない、まったく新しいものとして登場した。このような「まったく新しいもの」たちは、いったいどのような発想から生まれるのだろうか。

 本書の著者、大前研一氏は、マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院で原子力工学を学び博士号を取得した後、日立製作所原子力開発部技師を経て経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任した。

 1994年に退任して以降も、スタンフォード大学ビジネススクール客員教授や、韓国の梨花女子大学国際大学院名誉教授、高麗大学名誉客員教授、また、中国遼寧省、重慶市および天津市の経済顧問など、世界の大企業、あるいはアジア太平洋における国家レベルのアドバイザーとして幅広く活躍し続けている人物だ。現在、ビジネス・ブレークスルー(BBT)代表取締役、BBT大学学長なども務め、日本の将来を担う人材の育成に力を注いでいる。

 そんな大前氏は本書で、知識はインプットするだけでは意味がない、それらを「発想」にかえてアウトプットすることが大事であると指摘。そして、イノベーションにつながるアウトプットには「思考のジャンプ」が必須だと主張する。本書には、氏が長年のコンサルタント経験から得た、「思考のジャンプ」を意図的に引き起こして無から有を生む15の発想術が、11の基礎編と4つの実践編に分けてまとめられている。

“What Does This All Mean ?”は「0から1」の魔法の呪文

 本書で紹介される15の発想術のうち、もっとも重要なのは基礎編の10番目「それらすべてが意味することは何なのか?(What Does This All Mean ?)」ではないかと思う。
 大前氏はここで、「帰納法」と「演繹法」という二つの推論の方法に、「思考のジャンプ」を引き起こす問いかけを組み合わせて発想を広げるという方法を提示している。

 帰納法は、たとえば「イチゴは甘い」「スイカは甘い」「バナナは甘い」「ブドウは甘い」といった事実を一般化して「果物は甘い」と結論する。一方演繹法は、「(すべての)果物は甘い」という一般的な大前提を、「イチゴは果物だ」という事実に適用して推論し、「イチゴは甘い」と結論する。個別の事実から一般的な法則を導くのが帰納法、一般的な法則を個に適用するのが演繹法、と思えばいい。

 しかし上記の例でわかるように、帰納法や演繹法だけでは、「まったく新しい法則」や「意外な新事実」を導き出すことはできない。「0から1」の「思考のジャンプ」が起こらないのだ。そのために大前氏は、「それらすべてが意味することは何?(What Does This All Mean ?)」という質問を導入した。

 A、B、C…という各論から、帰納法では新しいロジックを導き出せないとする。そんなときには、思考をジャンプさせて、それら全体を説明可能とするようなXという仮説を形成する。そしてその仮説を今度は個別の事実に当てはめて検証するのだ。

 これは実は大前氏のオリジナルではない。「演繹法」と「帰納法」に続く第三の推論形式としてアメリカの記号論理学者チャールズ・パースが提唱した「アブダクション(Abduction)」という推論法で、「仮説形成」「仮説的推論」などと訳されているものをベースにしているのだろう。

 たとえばニュートンが「リンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見した」という話は有名だ。この発見に際しニュートンは、リンゴだけではなく、さまざまな物体が「手を離すと下に落ちる」という事象を観察しながら推論したはずだ。しかしここで帰納法を使うだけでは「すべてのものは手を離すと落下する」という当たり前の結論しか導けない。

 そこでニュートンは、「すべてのものは互いに引力を及ぼし合っているのではないか」という仮説を立てた。地球とリンゴの間に起こっていることが、地球と月の間にも起こっているだろうし、ひいては万物の間でも起こっているのではないかと、思考をジャンプさせたのだ。こうしたジャンプを”What Does This All Mean ?”という問いによって意図的に引き起こさせようというのが大前氏のアイデアなのだ。

 ビジネスにおける仮説形成とは、個別の事象の裏にある、誰にも見えていなかった潜在ニーズを明らかにすることである。大前氏が導入した”What Does This All Mean ?”という問いは、アブダクションの考え方に沿って、思考をジャンプさせることで、誰も気がつかなかった潜在ニーズに気づかせてくれる「魔法の呪文」といえよう。

仮説形成こそがイノベーションの要

 本書で紹介されている基礎編11の発想術のうち、1番目から9番目までは、見落としがちな事実に注意を向け、新たな仮説形成に必要な情報を集めてくるための方法と考えられる。つまり、本書の発想術基礎編の構成としては、最初の9つは視点を自由に動かし多様な情報を集めるためのもので、10番目の“What Does This All Mean ?”において、各々で見出された事実を統合し、新たな仮説を立てる。そして11番目の「構想」で、そこまでのプロセスで得られた発想を他の人にも見えるように形を与える。本書の発想術を実践する際には、こうした流れを意識しておいた方がよいだろう。

 たとえば基礎編3番目の「ニュー・コンビネーション」で考えてみよう。冒頭で紹介したスマホとSNSは、それまでになかった組み合わせ、すなわち「ニュー・コンビネーション」であり、明らかに相乗効果がある。改めて“What Does This All Mean ?”で考えてみる。すると、そのコンビネーションの背後に「自分の近況や活動を、すぐに誰かに語ってシェアしたい。できればすぐ「『いいね!』されたい」という人々のニーズがあることがわかる。もし後づけではなく、前もってこのような仮説形成ができるようになれば、意図的にヒットをつくり出せる。

 最近は無印良品やH.I.S.の店舗で書籍が売られるようになり、売上げアップに貢献しているそうだ。無印良品有楽町店では、本を購入した客が他の商品を買う率が、買わない客に比べると1.6倍にもなっているという。H.I.Sでも旅行商品の売上げが2割増になった。
 表面的には雑貨や旅行と本との組み合わせ販売だが、これを企画した人物は「人はモノや体験を買うときにストーリーを求める」という説得力のある仮説形成をしたはずだ。それがなければ事業化の構想には発展しなかっただろう。

 新たなアイデアを求めるときに、何かを組み合わせたり、使われていないものを使えるようにする発想は大事だと思う。しかし、それだけでは不十分なのだ。それをなぜ顧客が欲しがるのかを「思考をジャンプ」させてさまざまに発想して仮説を立てたのちに、それを検証しながら構想へと絞り込んでいくプロセスこそがより重要なのだろう。

 大前氏は、「現在の世界は個人のイノベーションによって変化する世界だ」とも語っている。本書を活用して、一人ひとりが多様な視点から仮説を立て、検証しながら、世界をより良く変える構想をどんどん生み出していきたいものだ。(担当:情報工場 浅羽登志也)

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2016年8月のブックレビュー

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