アクセンチュアのコンサルタントが、デジタル技術の最先端で起きている変化の波頭、すなわち「EDGE」の実像に迫るシリーズ。第4回では世界デジタルサミット2018で開催した2つの特別セッションを前後編でお送りする。前編のテーマは「シンギュラリティ時代に新しい産業を生み出すためには」で、凸版印刷 代表取締役 副社長執行役員の麿(まろ)秀晴氏、ヤフー 代表取締役社長 社長執行役員 最高経営責任者(CEO)の川邊健太郎氏、アクセンチュア 通信・メディア・ハイテク本部 デジタルビジネス統括 マネージングディレクターの古嶋雅史氏が語り合った。司会はグランドデザイン 代表取締役社長の小川和也氏。
グランドデザイン 小川和也氏
小川 まず、アクセンチュアの古嶋さんに、本セッションの「シンギュラリティ時代に新しい産業を生み出すためには」というテーマに関するイントロダクションとして問題提起をお願いいたします。
古嶋 まず「シンギュラリティ時代に新しい産業を生み出すには」というテーマを選んだ背景について説明します。弊社は「ディスラプタビリティ・インデックス」という指標を少し前に発表しました。「ディスラプティブ」という言葉は、「創造的破壊」という意味で必ずしもネガティブな意味ではなく、各国の経営者がこれまでの延長線上にないディスラプティブな構造的変化をどれくらい経験・感じているかについて82カ国3629社を調査しています。これによると、63%の企業がディスラプティブな変化を体験しており、44%の企業が激しい変化の兆候を強く感じていると回答されました。業種ごとにブレークダウンしても大きな傾向は同じです。今や幅広い業界において、テクノロジーの変化だけでなく、それがマーケットに与える本質的な意味合いを理解できないと経営はできなくなっています。テクノロジーはサービスと一体化して、ありとあらゆるものが変化しています。そういう経営環境に対して企業はどのように踏み込んでいくべきなのかというところが、まさに本日のテーマです。
歴史の凸版印刷、苦労したのは社内体質の変革
小川 ありがとうございます。今日はそれを踏まえて、麿さん、川邊さん、それに古嶋さんを交えて、生きたヒントを得られるようにしたいと思います。
まず、麿さんにうかがいます。凸版印刷の創業は1900年で、印刷も紀元前約4000年に原形があるとされる産業ですが、凸版印刷では、この歴史のある会社・産業をどのように次の時代につなげていくのか、苦心されている部分をお話しいただけますか。
麿 ペーパーメディアの市場はピークの半分ぐらいに縮小していますが、既存事業の付加価値を高める、新事業を行うなどで対応しています。昨年は経営企画部門が最終ジャッジを行い、ベンチャー系企業に投資できる仕組みをつくりました。約1年で20社程度に対し新規投資をしています。
一番苦労しているのは、社内の体質をどう変えるかです。歴史は非常に大事でお客様の信頼感にもつながっていますが、ややもすると社内にリジッドな仕組みができています。例えば、事務管理部門がミッションを厳格に果たそうとすると、新事業の多くはリスクが高いという評価になり投資にブレーキがかかります。そこで私のミッションとして、新事業の種をしっかりまけるよう、打率を厳しく求めずに、打席に立ってバットをのびのびと振ることができるような環境を作ることにしました。
小川 今、デジタル化の影響を受けている企業の多くは凸版印刷のお客様ですが、凸版印刷自身もイノベーションを求められていると思います。そのあたりはいかがですか。
麿 まさにそのとおりです。弊社には2万社以上のお客様がおり、そのデジタル化を支援するため、トッパンデジタルトランスフォーメーションを推進する部門をこの1月に作ったところです。お客様のデジタル化のレベルは様々でして、総合的な相談を受ける場合が珍しくありません。これは弊社が歴史的に受注産業であるところに由来しており、トータルソリューションとして全部フローでできるというのが強みです。1つ大事なのは、これまで培った印刷テクノロジーの知見を生かしていることでしょう。印刷テクノロジーと無縁の飛び地へ行くと差別化できないので、これだけは外せません。
凸版印刷 麿秀晴氏
イノベーターのヤフーにおいても事業は線引き
小川 ヤフーには、新しい価値を創るイノベーターの会社という印象がありますが今では大企業になりました。イノベーターなのに追われる立場になったり、新しい勢力に対抗されたりといった点において、シンギュラリティの手前にいると思いますが、代表取締役社長になる川邊さんが経営をバトンタッチしたあと、すぐ取り組まなければいけないと思われている課題は何でしょう。
川邊 一言で言うと、インターネットサービスの会社からデータの会社に変わる必要があると考えています。この20年、弊社をはじめとしたインターネットサービスの会社は大量のデータを「埋蔵」させてきました。当初「燃える水」と言われ、精製技術ができて有効活用されるようになった化石燃料と状況が似ています。データもこれまでは用途がないと思われていましたが、ディープラーニング(深層学習)という革新的な技術によって、むしろ活用に価値が移りつつあり、弊社もそちらに事業をシフトしなければならないと思います。
古嶋 伝統的なメディア業界を見てきた立場から発言させていただくと、ヤフーは創業以来このメディア業界にビジネスモデルの面で、ディスラプティブなトレンドをもたらした企業だと思います。さらにその過程で蓄積された大量のデータの活用シーンが広がっていく今後はこれまで以上に有利なポジションを築いていく可能性が高いと考えます。
小川 ヤフーはデータの会社へ変わる過程において、捨てる事業と伸ばす事業というものの線引きを、どうされているのでしょう。
川邊 宮坂体制のもとで6年間、私もかなりのサービスを終了させてきました。それは、インターネットにアクセスするデバイスがパソコンからスマートフォンになるという大きな変化があったためで、パソコンでは使うが、スマートフォンでは使わないサービスを終了させたのです。今回、データの会社になる上でも、今のサービス群を改めて再検討しており、大体は必要だということになりました。
変革に向けて捨てる事業をどう決めるのか?
小川 終了するサービスを決める際のポイントは?
川邊 1つは、「こういう事業や未来をつくっていきたい」という方針を経営者が持つことです。もう1つは、サービスを提供する社内の担当者やサービスの利用者に対して終了を丹念に説明することです。具体的にはサービスのユーザー数、売上高、利益などで基本的な番付を作り、さらにそれに各サービスのスマートフォン利用比率や、スマートフォンからの売り上げの伸びといった係数を掛けます。そうしてパソコンでは強いが、スマホでは伸びてない、スマホでは必要とされてないサービスを可視化したのです。
さらに、番付で芳しくないサービスをすぐ終了するのではなく、1年間ぐらい、まずイエローカードを出し、次はレッドカードを出す。最後はレッドカードが3枚たまったから、みんな頑張ったけど閉じてユーザーにもきちんと説明しようといったコミュニケーションを丁寧にやりました。これらを6年間ずっとやっていたという感じです。
小川 どうしても閉じづらいという場合もありますよね?
麿 弊社では番付や係数、方針で閉じるべき事業を決めることがそう簡単ではありません。2万社以上のお客様は、必ずしも閉じたい事業単独についてお取引をしているわけではなく、閉じたい事業をCとすると、BとAという事業と一緒にお仕事を頂戴しています。従いまして、凸版印刷はトータルソリューションを提供する会社であるために、Cという事業も必要になるのです。
このように、お客様の立場に立って考えると、閉じること・やめることの難しさはありますが、お客様にご迷惑をおかけしない準備をしたうえで、決断は必要だと思います。その事業は本当にこれからのコアコンピタンスになるかといった視点や、弊社はどのような企業になるべきなのかをもとに、議論をして、閉じると決めたものについてはスピード感をもって閉じるべきでしょう。
川邊 弊社でも決断が難しくなってきている面はあります。赤字のサービスや黒字でも大してもうかっていないサービスだが、データ的な価値が高いものもあります。またそのサービスのデータ単体ではもうからないが、そのサービスのデータとこっちのサービスのデータを掛け合わせると、価値を生むといった状況があり、サービスをやめる決断が鈍るのです。
ヤフー 川邊健太郎氏
既存のサービス・事業という単位はこれからも妥当か?
古嶋 これは、企業にとって意思決定において重視してきた既存のサービスや事業というくくり(単位)が今後もこのままでいいのかということでしょう。事業の成長性や収益性で事業全体をポートフォリオマネジメントしていくというこれまでの手法が通用しなくなってきています。つまり、収益をあげる事業やデータを蓄積してインサイトを得る事業など、必ずしも同軸で事業をみるのではなく、事業全体で複合的にビジネスを考える必要があります。そうすると、事業単位で役員を決めておのおのに事業責任を持ってもらいつつ、経営陣が全体をマネジメントするというガバナンス自体が機能しません。これまでのマネジメントに慣れた経営者にとって大きなチャレンジになると思います。つまり、これまで定義してきた事業というくくり(単位)が、経営上ほんとうに正しいのかどうかという問題認識を持つべきであり、どういう方向に自社をもっていくべきかというビジョンが経営陣になければ、単なるそこそこもうかる事業体の集まりでしかない会社になるリスクがあります。
麿 おっしゃるとおりです。我々も社内の組織は大体縦割りで、縦割りの組織というのは、過去のマーケットに合わせて今も事業をやっているからです。もっと大きな問題は、データを自分の事業部門でしか使わないことです。例えば、ヘルスケア関連のデータは情報コミュニケーション事業も、生活産業事業も、エレクトロニクス事業でも持っています。あるべき姿は、それらが横串でつながり、潜在ニーズの開発にまでつながるようなことができるようになることです。
川邊 結局、今日の主題の「シンギュラリティの時代の新しい産業を生み出すには」というのは、そのご指摘がおそらく核心だと思います。その新しい「つながり」をそれぞれの会社でどう捉えて、そのつながりに対して、事業も組織もどう変えていくのかというのが、このシンギュラリティ時代において新しい産業を生み出すためにやるべきことでしょう。
麿 まさに、我々が志向するのはそういうことで、オーケストラとして、それぞれの楽器をつなぐことです。データの例で示したような、リレーションをうまくつないでいきながら、ご提案も含め、我々の会社をお客様に逆にうまく使っていただくということでしょう。
古嶋 我々も実は社内で労力をかけ、どの業界のどの会社がどんなデータを保持しているのかといったことを調べて、それらをつなぐとどのようなことができるのかといったことを検討しています。データ連携の動きは業界を超えてどんどん進んでいくと思います。
アクセンチュア 古嶋雅史氏
増収増益のプレッシャーの中、シンギュラリティにどう向かう?
小川 一方、最近はマーケットが上場企業に増収増益を押しつけ過ぎている感じがします。これは凸版印刷もヤフーも同じで上場企業の宿命ですが、その状況でシンギュラリティにどう向かっていくのでしょう?
川邊 これは深いテーマですが、増収やコーポレートガバナンス強化は上場している限り、それはやっていきます。しかし、私はいろんな講演でも申し上げていますが、未来は予測するものではなく、創るものになったと心底思います。そうなったのだから、創らなければもったいない。
冷戦が終わり、デジタル技術が出てきて、グローバル経済になり、意思のある個人の未来が混ざり合って、予測するよりも、未来を創るほうが確実性が高いという、本当に30年前からは想像もできない世界が訪れました。そういう世の中になったからには、夢をふくらませたい――といった経営者じゃないと、これからは生き残れないのではないでしょうか。
麿 マーケットの要請に応じて増収増益を実現できる会社ならそれでよいとは思います。しかし今、いくら歴史があろうが、大企業だろうが、本当に今の市場環境でしかも、従来の戦略で増収増益が続くと思っている経営者はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。そうでなかったら、これからのマーケットの変化を考えると、経営者は辞めたほうがいいと思いますね。
古嶋 これまで日本企業は、技術革新やものづくり、日本特有の地道な改善活動を通じて、新たなユーザー体験を創出し続け世界をリードしていました。ところが、デジタル化によりユーザーの求める体験が大きく進化した今、これまで日本企業が得意としてきた価値がユーザーの要求と必ずしも一致しなくなってきています。日本人が、これまでの技術志向やものづくり偏重の考え方を変えないと、事業の進化や企業の成長が続かないことに気づけば軌道修正していけるのではないでしょうか。
もちろん、人や組織には惰性があり、長年経験を積んで培ってきたものをなかなか捨てられません。過去の成功体験を捨てて、どんどん新しいことにチャレンジするのは勇気がいります。しかしビジネスの中核であるマネジメントクラスの皆さんこそが一歩ずつ新しい価値観へのシフトにチャレンジすれば、それぞれの会社にイノベーションが根づき始め、日本発のイノベーションや新しい産業を創出させていけると思います。
小川 今日はご清聴ありがとうございました。